暗澹

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「いる。お前を、拉致した」  自分のモノとは思えない押し殺した声がでた。 「あ、人が居ましたね。どうも、おはようございます」 「……いや、拉致」 「了解しました」 「な、何をだ?」  何言ってるんだ? わかっていないのか? 「え? 僕、今、拉致されている、という状況を、です」  ……こいつ。頭がおかしい、のか? 冷静すぎやしないか?  ま、まあ、そうだ。  あんな文章を書くんだ。まともなはずがない。 「も、物分かりが良いんだな……」 「はい、それよりも真っ暗なんですが? あなたもですか?」  ……なんでだ? なんでそんな風になるんだ? 布の感触ないのか?  大体、拉致したって言ったのに何故? 同じ立場だと思うんだ。  ヤバい、一体どんな思考しているんだ……こっちの理解の範疇を軽く超えてきて俺の方がパニックになる。  眉間と唇ににグッと力を入れた。  こんなヤバいなら、やめれば……。  いやいや、それでも俺にとっては特別な奴だ。凄い男なんだ。  唯一、俺が尊敬できて愛せる人間。  そいつを、俺が……殺す。  そして、俺も、死ぬ。  終われる。これで、きっと俺は死ねる。 「……真っ暗なのは、お前だけだ。目隠ししているからな」 「あー、なるほどですねー」  のんきな言いように、頭のはしがチカッと痛くなった。  大きい溜息と共に告げる。 「お前を……殺す……いや、一緒に死ぬために拉致したんだ」  聞いた途端に男の体がビクビクと生きの良い魚のように動いてガタガタとベットを揺らした。  俺の方がビックリして咄嗟に、脇をしめ両腕を耳の近くまでもってきた。  なっ、なんちゅう動きをするんだ。 「凄いです! そうなんですか? 殺す? これは是非とも……あ」  何故か歓喜に満ちた大きな声で話だし、最後はなんともしおれた声になった。 「……あ、ってなんだ?」  眉をひそめて聞く。 「ああ、いえ。残念だなあと思いまして」 「残念? 死ぬのが?」 「あ、いえ、あ。はい」 「……どっちなんだ?」  なんなんだ。疲れてきた。 「ええっと、そんな貴重な体験ができるのに伝えられないのが残念で」 「誰に伝えたいんだ?」 「ああ、失礼しました。自己紹介がまだでしたね。僕はアラタという名前でして、これでも作家なんです。なので貴重な体験を文章で読者の皆さんに伝えられたら最高だなあっと」  知ってる、アラタは俺の推しの作家だ。そしてファン思いなのも知ってる。  つらつらと流れるように話す男、アラタを見下ろしたまま、その場にしゃがみ込んだ。  アラタが俺の世界のすべてだ。  お前の小説の中でだけ、息が吸える。  流石アラタ「変わってる……な。お前」なかば呆れ、なかば本気で感心して呟いた。  俺のすべて、俺の神様。  他には何もない。  何もない。
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