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寂寞
「ところで、何故僕を拉致して殺すんです?」
「……言いたくねえ」
「一緒に死ぬため、って言ってましたよね?」
「……そうだ」
「それって、あなたが……死にたいってことです?」
俺はうなだれて黙った。
沈黙が続く。
アラタが何か言いたそうにモジモジしだしたのを横目で見て、いつまでも言わないので「なんだ?」と聞いた。
空のコップをギュッと両手で握って、何か罪を告白するかのように慎重にアラタは話し出した。
「昨夜バーで一緒に飲んでましたよね? 僕、迷惑かけなかったですか? 途中から記憶がなくて」
……だろうな。
「まあ、迷惑はそこそこ……」
「それはどうもありがとうございます。たまたま隣の席で飲んでいらしたんですよね?」
ありがとうって? 普通は謝るんじゃないか?
ああ、アラタには常識が通用しないんだった……。
「そうだ。たまたま居合わせて、たまたま……」
「偶然だったんです?」
小首を傾げ、仕草だけは可愛らしかったが目は観察者のように研ぎ澄まされている。
「ぐ、偶然以外何があるんだよ」しまった。声がうわずってしまった。
「なるほどですね、“必然の偶然”……ですか?」
偶然じゃないのがバレている気がして部屋に視線を彷徨わせていると、テレビボードの横にあるカラーボックスに目が留まる。
アラタのデビュー作から最新作までご丁寧に整列させたままだった。
隠すの忘れていた。
がっくりと肩を落とす。
どうして、俺はこんなに抜けているんだ……。昔から何をやっても愚図で……要領が悪い。はあ。
「僕、あなたの事よく見かけてましたよ、けっこう前から。スーパーやマンションの出入り口や、そうですね。コンビニでもよく一緒になりましたね」
「……ひ、人違いじゃねえ?」
完璧にバレているだろうけれど、弱々しくシラをきってみた。
つけまわしているのに気が付かれていたのか?
いつから? いつ、アラタは俺に?
「いえ、間違いではありません。あなたのような体育会系イケメンオーラ駄々もれの人、見誤りません」
寒気がした。
体育会系は良い。その通りだ。学生時代はサッカー部だった。
身体には恵まれている。
だけど。
「……目が、悪いのか……?」
慎重に聞いてみた。
「いいえ。半年前に目医者さん行きましたが、おかげさまで良好でした」
アラタは何故か照れくさそうにして、ニコニコして笑いながら話す。
イケメン?
生まれて初めて言われた言葉だ。自分とは一番縁遠い言葉……。
それを発しているのは、貴族みたいな上品な顔の本物のイケメンだ。
脳か? 脳が悪いのか?
俺は毎日、鏡を見る度にうんざりしている自分の顔を手で触ってみる。
……イケメン?
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