寂寞

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「ところでお仕事いかなくて良いのですか? もうお昼すぎですよ」  壁時計を見ると13時になろうとしていた。 「……今日は、休みなんだ」思ったより小さい声になったのを誤魔化すように、腰掛けていたベッドからモゾモゾとこたつに移動した。  チラリとアラタを盗み見る。  すました綺麗な顔は拉致されているというのに、普段通りに思える。 「そうなんですねー。平日がオヤスミなんですね」  なんだかイライラする話し方だな。 「そうだよ! いい歳してフリーターだから平日の方が休み多いんだよ!」   やっかいな相手だ。やめればよかったか?    いや、それでも……俺にはこいつしかいない。    俺の世界には、もうアラタしかいない。  俺を捨てた親とはとっくに縁がきれてる。  じいちゃんも死んだ……。  何も残っていない。何のために俺は生きているのか?  アラタ、お前の小説だけが楽しみだった。  逃げ場だった。 「いい歳って、あなたお幾つなんです?」 「……明日で、30になる」  それでも、アラタと会話するのがこんなに疲れるとは……まだ何もしていないのに疲労困憊だ。  答えながら目を瞑る。疲れた。  大体、人と話すのが苦手だ。 「なるほどですねー」 「おい! その話し方やめろ! 聞いてないだろ? その相槌! 何がなるほどなんだ!」  イラっとして勢いよく、ベッドの方へ振り向いて怒鳴った。 「はい、すみません。よくは聞いてませんでした」  なっ! コイツ今すぐ殺すか? 質問しといて聞いてないって人間としてダメだろ!  ……ま、まあ。俺が言えた義理じゃないが。   「他事が気になっちゃって」 「他事ってなんだよ!」  こめかみがピクピクする、目を何度も強く瞑っては開く。 「僕って、トイレ行かせてもらえるんでしょうか? もしかしたら……」 「い、行けるわ! 自由だわ!」  続く言葉を遮って慌てて大声で返す。その先は聞かなくてもわかる気がして嫌だった。 「ああ、安心しました。もう一杯お水下さい」  なんだ、この自由人……最悪だ。  絶対に逃げないし、暴れないと約束したので足も自由にした。  何よりうるさいし、いちいち俺が世話していたらたまったもんじゃない。  それに……何だかどうでも良くなってきた。  もし逃げられたとしても、もう良いと思い始めていた。  どうせ……。  ……まただ。いつも俺はすぐ諦めてしまう。  じいちゃんに根性なしめ! って良く言われていたなあ。    力がなくなってきてからは、よくツネられていた。 「ああっ!」  突然、大きな声がして死ぬほど驚いた。 「……っ、んあ!」  反射で変な声が出る。  なんなんだ急に。  アラタ……お前、本当に……。  なんなんだよ、怖いよ。 「メモ! いえ、僕の携帯しりません?」  アラタは体をペタペタとひとしきり触ってから、ベッドに三角座りをして壁にもたれながら小首を傾げて聞いてくる。 「知るか! ンなもん」とイライラして言い捨てたが、すぐに思いだした。  昨夜飲んでいる時、トイレに携帯ながしちゃったあ。とアホな事言っていたが……あれは事実か。  目を閉じる。何度目かの溜息をつく。    起きて数時間しか一緒にいないのに、しんどい。やめたい。  しんどいから、死のうと思ったのに。  死ぬ前に、なんでこんな目に……。  いや、それはアラタが思うことであって、俺が思っちゃいけない。  俺は俺の身勝手な行動のせいなのだから。  俺が加害者なんだから。 「あー……昨日飲み屋で、なくした、って言ってたぞ」 「なるほどですねー。あ、失敬」  フンと鼻を鳴らしてやる。  一応、言葉に気をつけようという姿勢は見えるがコレは癖だな、なおらんだろうなあ。 「じゃあ、何かメモとれるもの下さい」  はぁ? ……なんて図々しい。  図太い。無神経。身勝手、ワガママ。頭おかしい……。  全部、アラタが言われている噂……通りってことだろうけど。  ……本当にそれが真実なのか?  ただ、図々しくて自分勝手なだけ、なのだろうか? 「お前、拉致されてる被害者ってわかってる?」 「もちろんです! だからこそメモしないと。この体験を何ひとつ忘れたくありません」  へいへい、と言いながら立ち上がりテレビボードの引き出しを開けたり、辺りを探す。  紙どころか鉛筆の一本も出てこない。  頬をかきながら「ないみたいだ」と振り返る。さっきまでベッドの上で三角座りしていたアラタの姿がない。 「おい!」慌てて、部屋の中を見回す。
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