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ジャーという水音がしてからトイレのドアが開く、どうかしました? とゆっくりとこちらに歩みよってきた。
「……べ、別に。メモもペンもない。メシもないからついでに買いに行ってくる。……食べれないモンとかあるか?」
慌てたことが気付かれないように、努めて落ち着いた声をだしたつもりだったが、声が裏返ってしまった。
「野菜、ですね」何故か自信満々な顔をして言ってくるから、衝動的に頭をはたきたくなった。
……はたかないけど。
大事な作家先生の頭が、これ以上壊れないために。
「野菜。……全部か?」
「そうです。全部嫌いです。肉が良いです。飲み物は甘いものを所望します!」
「うるせえ」
一応、鍵をかけてちょっと歩いた先の角にあるコンビニへ向かう。
どうでもいい……。どうでもいい。
いつも、こうやって諦め、流されて生きてきた。
どうせ、俺は死ねはしないのだ。
何度か1人で自殺を試みたが、ダメだった。
1人で死ぬのが怖いから、上手くいかないんだと思っていた。
俺の世界で唯一好きな作家『アラタ』と一緒なら……、なんて。
大それた事をしてしまった。
逃げたのなら、それで良い。警察に通報されても……別にいい。
じいちゃんも亡くなったんだし……誰も、誰にも。
迷惑はかからないはず。警察とアラタ以外には。
コンビニに入ると、自分の荒んだ世界とはまるで別世界のように早くも煌びやかなクリスマス用品が並び始めていた。
余計、惨めな気持ちで俺は誰にも必要とされていない、と強く思った。
死すら、俺を求めない。
逃げたければ、逃げれば、いい。
俺の神様に会えてお酒を飲んで、幸福だったろう? それだけを糧に生きていけるだろう? ……また空虚で実のない毎日を、ただ、過ぎていくだけの日々を……。
繰り返せばいい。死ぬなんて、そもそも俺には高望みだったんだ。
死ぬことすら……。
そう思いつめながらも、アラタのためにステーキ丼をカゴにいれる。
自分用におにぎりをふたつとサイダーを入れる。
他は……ピンクのいかにも甘そうなパックのいちごみるくを見つけたので、それも入れる。後、ノートとペンを入れて会計を済ませて出る。
家をあけて数十分くらいか?
アパートの前につき、ゆっくりノブをまわしてみる。開かない。
鍵を差し込んで開ける。ドアをあけてすぐ違和感に気が付いた。
コンクリートのたたきにまではみ出していた空き缶や空き容器がなくなっている。見ると台所の奥にビニールにまとまって入っている。
靴を脱ぎ、台所が一緒になっているリビングとも言えない板張りをミシミシと音を立てて畳の部屋へと移動する。
……ちゃんと居た。部屋を片付けている。
コタツに買い物袋を置き、部屋の隅で衣類をたたんでいるアラタに声をかける。
「本当に逃げないんだな……1階だし、玄関でも窓からでもすぐ出れるのに」
キョトンとしたまま、休む事なく手を動かしている。
「逃げませんでしたねー」
自分自身の事なのにどこか他人事のように、アラタは話す。
「何をしているんだ?」片付けているのはわかっていたが、つっ立ったまま聞いてみた。
「一宿と、これから頂く一飯のお礼中です」
「……それはどうも」ずれている。話も人格も。
だんだん脳の奥底からサイレンのような音が大きくなってくる。自分が思った以上におかしい奴だ。関わってはいけない人種なのかもしれない。
このままだと、何か大変なことに巻き込まれる……予感がする。
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