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腰を下ろそうとした時、急に「ところで、フルタ……さん?」と名前を呼ばれビクッと電流のようなものが走り、降ろしかけてた腰が緊張で固まる。
自分の心臓の音だけが聞こえてくる。
やばい……フラッシュバックしそうだ。
「……な、なんで……なま、な、名前?」全身の毛穴という毛穴から汗が吹きだしながら、つぶやいた。
吐き気に襲われて目をきつく瞑る。
ダメだ。やめろ。
「あっちーいな! おい、フルタいつもの買ってきてよ」
「新庄、フルタって、怖そうな見た目なのにめっちゃお前の下僕じゃん!」
「ハハハ、だろ? フルタは中学の時から、俺の奴隷なんだよ。なあ? 親からも誰からも必要とされてない、カワイソウなフルタを拾ってやったのは俺だもんな?」
ドン! と足蹴にされて、尻もちをつく。
「新庄先輩……」
俺は中学からのサッカー部の先輩である、新庄を情けない顔で見上げた。
やめろお! 思い出すな! 学生時代の思い出が一瞬にして蘇ってくる。
名前を呼ぶな。俺を呼ぶな。
「フルタぁ! こっち来て、ひざまずけ」
頭を揺さぶられながら、何度も何度も殴られる。
何も。
だんだん何も感じなくなっていく。
ああ、気持ちいい。
これでいいんだ。俺は、この先輩の言う事を聞いていればいいんだ。
何も考えなくてもいい。
自分で、何かを決めなくてもいい。
先輩の言う通りにしてれば、いい。
「フルタぁ!」
うっ。胃の中の物がせり上がってきて思わず手で押さえる。
治りかけのかさぶたを何度でもめくって患部をさらすように。ジュクジュク。ジュクジュク……と。
いつまでも治らないようにと、思い出しては自分で自分を傷つける。
俺は俺に、ひとつも自信が持てない。
親に捨てられたあの日から、誰かの声に無意識に従ってしまう。
じいちゃんに育てられて有難かったが、じいちゃんから愛情を感じたことはなかった。
……今では、もう命令された方が楽だ。その方が何も考えなくて……楽だ。
「……ません。すみません」
声が聞こえてきて正気に戻り、俺は見開いてアラタを睨みつけた。
「な、名前……どう、し」地の底を這うようなかすれた声で問う。
「ええと、郵便物がそこらへんにありましたので。あ! もしや、こちらあなたのお部屋ではなかったです?」と全部たたみ終わった衣類をポンポンと叩いている。
貴族みたいなアラタが、庶民的な事をしているギャップを見ていたら力が抜けていった。
はああ、と一気に身体から空気を追いだす。
それと同時に自然と口から愚痴がこぼれてた。
「あーあ、いつもそうだ。こんなんだから親にも捨てられるし、同級生にも教師にさえも……。唯一の肉親だったじぃちゃんにもよく言われたっけ……」
なんで、俺こんな事言っているんだ。
落ち込んだ気分で膝に手を付いて屈んでいる俺の耳に、ガサガサと耳障りな音がした。そのまま顔だけを上げて見る。
「…………おい!」
いつのまにか、窓を背にしてコタツに入り込んでいる。
コンビニ袋の中を音をたてて、漁っているアラタに鋭く言った。
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