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兄の死神はまたここへ訪れる事を目標に、元の世界に戻ってからはパスポート取得の筆記試験に向けた勉強を頑張っているが、なかなか合格できずにいるとの事だった。
「人間の事が大好きな兄の事を、周りは変人だと言って馬鹿にします。でも僕は、兄の事が大好きです。でも……」
少年は生まれながらに非常に高い能力があり、飛び級で冠付きになった。
「兄は僕の事を想って、『俺の側にいない方がいい。お前まで笑い者にされたら大変だから』と、僕を遠ざけるようになりました。僕はそれが寂しくて辛かった。でも僕が冠付きとなってパスポートを手にした時、兄が初めて、僕に頼み事をしてくれたんです! 帳珈琲店のマスターにお礼を伝えて欲しいと」
弟の事を思いずっと遠ざけていた兄が、それでも頼まずにはいられなかった程、兄は先代マスターに大きな感謝をしていたのだろう。
そして弟は、兄が大切な頼み事を自分に託してくれた事。それがとても嬉しかったに違いない。
「どうか、どうか宜しくお伝え下さい。僕はまだ冠付きになったばかりなうえ、判定員でもありませんので、あまり長くこちらにいる事が出来きないので」
「承知しました。必ず、先代マスターにお伝えします」
「有り難うございます」
丁寧にお辞儀をした少年の手を、帳が優しく握り締めた。
「僕からも君に、お兄さんへの伝言をお願いしてもいいですか」
「兄に? 人間のあなたが?」
少年が首を傾げる。
「はい。店の入り口にある貼り紙は、あなたのお兄さんがきっかけで作られたものです。それがあったから、僕は今ここでマスターをしている。お兄さんのお陰で、救われた人間がここにいると、どうかお伝え下さい」
死神も席をたち、帳の上から掌を重ね合わせた。
「私もあの貼り紙が無かったら、今もまだこちらの世界でひとりぼっちでした。お兄さんのお陰で、救われた死神もここにいます! どうか、どうか宜しくお伝え下さい」
死神にとって、帳にとって、今ここにある奇跡のようなこの時間は、全てあの貼り紙から始まった。
重ね合わせた手に、強く強く願いを込める。
「この想いが、お兄さんに届きますように……」
その言葉を聞いた少年は、照れたようにはにかんで、それからひどく誇らしげに胸を張った。
「やっぱり……兄さんはすごいや! あの……、僕もお願いをしていいでしょうか。兄が食べたオムライスを、僕も食べてみたくて」
モジモジしながらそう打ち明けた少年に、死神はカウンターテーブルの上にあるそれを指差す。
「一緒に、半分こして食べましょう!」
少年は瞳をキラキラさせて、嬉しそうにオムライスを見つめていた。
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