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落ちこぼれの死神は、猫に姿を変える事しか出来ない。金色の目をした黒猫だ。
人を少し不幸にしようと色々なことを試してみたが、どれも裏目に出てしまい、死神が関わる人々がみんな幸せになっていく。
このまま、永遠に初級試験に合格できないのではないか。そう思うと、死神は不安でたまらなかったのだ。
「誰かに話したいことがあるのなら、僕で宜しければ伺いますよ。ただ聞くだけで、何も解決いたしませんが」
穏やかな低音で告げられた言葉は、死神の心にすっと浸透してくる。秀麗な外見だけでなく、声まで品があるのだなと、死神は感心してその男性を見つめた。
歳は、三十代前半だろうか。
恐らくバイトなどではなく、ここのマスターなのだろう。
皺のない真っ白なシャツに、漆黒のエプロン。髪はエプロンより少し薄い黒で、目にかかる長さの前髪を左右に流している。そして何より印象的なのが、黒縁眼鏡の奥にある涼やかな瞳だった。
また一口、珈琲を飲む。
やはり、この人に話を聞いて欲しいと思った。
幻想的なこの店と、深い味わいの珈琲と、そして彼の落ち着いた雰囲気が、死神にそう思わせたのかもしれない。
「私は人を、ほんの少し不幸にしたいのです」
「不幸に?」
「はい。でも関わった人々が、皆さん幸せになってしまって……」
「どうしても、不幸にしなければいけないのですか?」
その問いにしばし戸惑う。
けれど死神は、打ち明けていた。
「それが私の、……死神の、宿命だからです」
そして死神は、自身が関わった人々の、ひたむきで切ない縁の話を語り始めたのだった。
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