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「途中で他部族に襲われたりしますか?」
文官長の問いにトゥンジャイは軽く頷いた。まるで何でもないことのようにいう。
「ないとは言い切れません。ですから、我々の指示に従って頂きたい」
トゥンジャイの言葉には逆らえない響きがある。王子だからか、あるいは貴種だから?
なるべく近づかないようにしなければ。
全員が並んでいる広場の先の道はそれほど広くはなく、馬車が通れる程度の道幅だ。
ウェイワル族に先導されて、一行は先に進んだ。護衛たちが何か歌っているのが聞こえてくる。
歌いながら移動するのが習慣なのか?
江恵と陳光も首を傾げた。
「あれは何?」
「婚礼歌です。夫が妻を迎えに行くときに歌います。公主様を歓迎して歌っているんですよ」
ウカルがハキハキと答える。聞きなれない不思議な旋律の歌だったが、歓迎の歌と言われたら悪い気はしない。
しばらくは山道だったが、すぐに緩やかな斜面から平地になり、草原へと出て行った。
そこで待機していたウェイワル族の馬車が何台か合流する。山道を登るのは大変なので、荷物はここで待たせていたらしい。
すっきりと晴れた空に緑の草原が続いている。建物はひとつも見えず、空と草原の広さに瑛蓮は呆然とする。
塞外は見渡す限りの草の海―――と詠んだのは誰だったっけ。草が風にそよぐさまは確かに海みたいだ。海を見たことはないが、そう思った。
ウカルは瑛蓮を退屈させないように、色々な話をしてくれる。
草原の民にも数多くの部族がいて、互いに友好関係を築いている部族もいれば敵対関係にあるものもいること。多くは放牧をしながら穏やかに暮らしていること。
「北方には東方人のような黒髪黒目の部族もいますが、この地域は茶色や灰色の髪や目をした者が多いです。ウェイワル族は明るい茶色から金の髪が多くて、西に行くともっと明るい髪や目をした者が増えます」
その説明にふと凧を取りに来た少年を思い出した。
トゥンジャイよりも明るい金の髪に青空の目をしていた。彼もウェイワル族だったんだろうか。
ひょっとして会えたりする? まさかね。
「アルタン王はどんな方なの?」
「アルタン王は茶色の髪に青い目で、とても立派な体格をしています。騎射が得意で、剣の腕も優れていて、勇猛果敢な戦士です。髭が立派ですから、すこし怖そうに見えるかもしれませんね。妻は三人いますが、第二の妻はもう亡くなっています」
じゃあ今は妻が二人いるのか。それなら瑛蓮には見向きもしないで欲しい。後宮にいたときのように放っておいてくれないかな。
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