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捨て駒
僕は元服して鶴松から吉成に名を改めた。
田端吉成として、一人前の武将の働きを求められるようになった。いや一人前以上の、まるで僕を捨て駒にするような…。父上は僕にしんがりを命じた。
敵は赤備えと騎馬隊で名を轟かす武田。田端家は織田・徳川側に付く。武田軍の数、機動力、士気。多勢に無勢、命からがら逃げ延びる。
初陣は大将の父上を守るための戦い。父上が心から守ろうとしているのは腹違いの弟の朱鷺松だ。朱鷺松と僕は三歳差、僕がもし死んでも、朱鷺松の元服を早めれば田端の跡継ぎは残る。
三方ヶ原の戦いを生き延びた僕は世の何もかもを疑う、コウモリのようなカラスのような、いや、腹を空かした熊のような、どす黒い魂を心に宿した。勇猛果敢な武将を目指していたはずが、野蛮な黒い獣のような武将になった。
乳母の奈津に急き立てられて、元服の後に仕方なく形式的に抱いた女。特段の感慨も女への名残惜しさもなく戦へと向かった。戦から帰った僕をその女は静かに待っていた。
乳母の奈津が僕に耳打ちする。
「血で血を洗う戦いを生き延びられた。女に冷淡な若様も少しは変わられたのでは?」
寝屋へ向かう僕を見送る奈津に答えた。
「ああ、変わったさ。奈津、お前に明日の朝は桜を見せてやる」
「桜?若様。秋だというのにどのように」
「季節外れの盆栽を作ろうと思ってな。桜が咲かぬなら、桜を作るまで」
「楽しみにしておりますよ、若様」
奈津は僕のどす黒い欲望を見透かしたように、含み笑いをしていた。
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