野蛮な盆栽

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野蛮な盆栽

 寝屋に響くのは女のうめき声。 だれかに裏切られるのが怖いなら、裏切れなくしてやればいい。寝屋の外に控える女中や乳母の奈津に悟られないように、僕の帰りをひたすら待ち続けた健気な女の唇の間に轡を嚙ます。 紅花で染め上げた手拭いは、喉の奥から吹き出して溢れた血飛沫のように女の口元からはみ出している。 荒々しく抱き寄せながら、脇差しで女の細い指先の爪を抉るように剥がしていく。剥がされた爪は桜の花弁のように美しい。 家名のため、家の隆盛のため、家の生き残りのため。田端家に忠誠を誓う証として、有無を言わせず人質同然で嫁がざるをえなかった女。女は怯え、震え、激痛に悶えても、逃げることもせずに耐え抜いていた。 ー武家の女の意地か、いじましいー  逆らうこともなく必死で耐える女のわななく指。片手の五本の爪を剥がしたところで、女はあまりの痛みで口の端から泡を吹き正気失う。 腸がうねるように腹を痙攣させて、ワライダケでも食したかのように狂った笑い声が轡から不規則に漏れる。 手も足も、女の爪を二十本剥がし、薄い爪の花弁を「収穫」した。漆塗りの小盆に血染めの爪を並べた。絶対に抗えないように、裏切れないように。薄桃色の女の最後の武器…。桜貝のような小さな爪すら引き剥がしてから、深く掴み取るようにもぎるように抱いた。 女はずっと錯乱したまま戻って来なかった。ただの生きる屍だ。それでいい。もしも子をなしたら、最初から乳母に育てさせよう。  いつか生みの母と引き離される悲しい運命なら、最初から乳母が育てた方がいい。 気の済むまで狂った女を貪った後は邪魔でしかなかった。背を蹴り、布団の隅に追いやり、漆塗りの小盆に載せた、薄爪に噛み付く。 「若、指をしゃぶったり爪を嚙んではいけませんよ。ほら、爪がギザギザでこんなに痛そう」 母上の懐かしい声がする。 「だって寂しい…から…」 まだ数え三つの頃の僕が泣きじゃくる。 「あらあら、泣き虫さんね。そんなに寂しいなら母の爪を嚙みなさい。若の柔らかい小さな爪が痛むのが辛いわ。ほら、泣かないの」 母の指先、薄紅色の桜の花弁のような爪…。幼い頃に母の爪をよく齧っていた。  父上に遠ざけられた母上とはお目通りがなかなかかなわない。父上は僕が軟弱でひ弱になり甘やかされると母上と会うのを禁じている。 今抱いたばかりの女から剥ぎ取った、血濡れた爪を嚙みながら泣いた。いつか父を殺し、腹違いの弟の朱鷺松と側室の安紀の方を殺す。 必ず、母上を救い出して取り戻してみせる。  夜明けまで僕は、螺鈿細工が施された木を模した黒い飾り物に女の爪を貼り付けていた。二十本の爪は四輪の美しい桜へと変わった。 寝屋を出て、その飾り物を寝ぼけ眼の乳母の奈津に見せてやった。 「奈津、見事な桜だろう?」 奈津は一瞬だけ顔をひきつらせた。しかし、その血飛沫が茶色く乾いてこびりついた桜の正体に気づいたのか、不適な笑みを浮かべる。 「ええ、見事な桜でございます。若様、誰も信じてはなりません。この乱世、牙の一本でも情けで残してやれば女に寝首をかかれます。歯向かう気を失わせ、服従させる。初陣でご立派な武者になられました」 奈津は、艶かしく咲く薄爪桜をまるで自分の戦利品のように誇らしく高く掲げて眺めていた。   
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