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3話 買い物
その日の夕方、謙は野乃花の買い物について行った。
まず、百円ショップで籠二つ分の食料を買うと、そのまま家具を売っている店へと向かい、テーブル一脚と、座椅子を二つ買った。
野乃花は食料が入っているビニール袋を両手に持ち、謙がテーブルと座椅子を積み重ねるようにして運んだ。
「あの、米田さん」
「なんですか?」
「なんで配送にしなかったんですか」
「今日、使いたかったので」
「めっちゃ見られてて恥ずかしいんですけど」
「あなたでも恥ずかしいって思うことあるんですね」
「どういうことですか」
「なんでもありません。楽しかったですか?」
「え?」
謙は野乃花を見た。
「最近、朝木さん、顔が暗くなっていたので、無理を言って誘いました。すみません」
「……」
「泣いてます?」
「……泣いてないです」
「泣きそうになってます?」
「なってないです」
嘘だった。鼻の奥がツンとして、気を抜けば涙が零れそうだった。
「まだ泣かないでくださいね」
そう言って、野乃花は笑った。
謙は野乃花に誘われて、野乃花の部屋に上がった。整理整頓されているが質素な暮らしをしているのか、凝ったものは何もなかった。
「不用心と言っておきながら、上がるんですね」
「……」
何も答えられない謙に「冗談ですよ」と野乃花は笑った。
買った食料は、野乃花が調理した。他にもおかしやつまみなどがテーブルの上に置かれた。
二人は少しずつ、色々な話をした。
話が止まると、テレビを見て笑った。
お互いを理解し始めると、謙は自分の過去を打ち明けて泣いた。
気が付くと、日が昇っていた。
「朝ですね」
「朝だな」
「今日も一日が始まりますけど、憂鬱ですか?」
「憂鬱だね」
「今は?」
謙が野乃花を見ると、野乃花は擦りガラス越しの太陽をじっと見つめていた。
「今は、楽しい」
「じゃあ、良かったです」
朝日に照らされた野乃花の横顔は、天使のように美しかった。
それから二人は、一緒に遊ぶようになった。買い物に行ったり、カラオケに行ったりもするようになった。
「今度はいつ遊びますか?」
野乃花は帰り際、いつも聞いた。
「いつでも空いてるの知ってるだろう」
謙がいつも笑って言う。
「ちゃんとした予定を立てたいんです」
「じゃあ……」
謙は日付を提案する。空いていれば、すぐに決まった。埋まっていれば、違う日付を言った。
「じゃあ、また遊びましょう」
「おう」
そういって、二人はそれぞれの部屋に帰っていった。
謙は、また毎日が楽しくて仕方がなかった。
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