4話 箱

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4話 箱

 ある日、一通の封筒が届いた。ぶ厚い封筒を送ってきたのは、父だった。  嫌な予感を覚えながら開封すると、中には人手を募集している企業のパンフレットが何枚も、何枚も入っていた。どれも実家の近くの企業ばかりだった。  その中に、メモ帳の切れ端のようなものが入っていた。 『就職しなさい』  父の字だった。  謙は操られるようにふらふらと立ち上がった。そのまま靴を履くと、鍵を閉めることなく、近くの百円ショップに向かった。  野乃花と何度も来た百円ショップ。どこに何があるのか、大体把握していた。  迷うことなく一直線に目的のものまで向かうと、それだけを手にしてレジに向かった。  会計を済ませると、そのまま寄り道もせずに部屋に戻った。  そして、捨てずにとっておいた前の住人の箱を組み立て始めた。  なぜか捨てなかった箱。  もしかしたら、この時のことを予感して、捨てなかったのかもしれない。  すべての箱を組み立て終えると、男はビニール袋からロープを取り出した。  なるべく高いところが良い。  高くて、足がつかないところ。  天井に引っかけようとしたが、引っかけられるようなところはなかった。  視界に、天井からぶら下がる蛍光灯が目に入った。傘に引っかければ、地面に足はつかない。  ロープを投げるようにして傘に引っかけて、先端を丸く結ぶ。結び方は、実家にいる時に何度も調べた。  謙は片方の紐を引いて、テーブルの脚に結び付けた。輪になった先端は、もう手が届かないところにある。  組み立てた箱を積み重ねていく。  出来るだけ高く。  出来るだけ高く。  足をかけた。  箱は簡単に壊れた。  頑丈そうな箱を積んだ。  足をかけた。  箱は簡単に崩れた。  縦にすればいいのかもしれないと思い、箱を縦にした。  簡単に壊れた。  インターホンが鳴った。  耳に入らない。 「大きな音がしましたけど、大丈夫ですか」  扉の向こうから野乃花の声がする。  耳に入らない。  ガチャリと扉が開いた。 「朝木さん?」  野乃花が、生気をなくして亡霊のように箱を積んでいる謙を見つけた。  そして、垂れ下がるロープに気づいた。 「朝木さん……!」  野乃花は靴を脱ぐことなく廊下を直進して、突っ込むようにして謙をなぎ倒した。 「何してるんですか!」  野乃花は怒鳴った。 「私との予定を反故にするつもりですか!?」  野乃花は胸ぐらを掴んだ。 「朝木さん……!」  謙は泣きだした。  どうしたらいいかわからなかった。 「なんで……なんでこんなこと……!」  馬乗りになった野乃花も、謙の胸を叩きながら泣いた。
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