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翌朝―――
「渉さん、起きてください。時間ですよ」
いつもどおり望愛の声で起こされる。
嬉しいけれど、この声を聞くと、起こしに来た望愛をまたベッドに引き摺り込みたくなる。
もちろん、それをやったら望愛に怒られるので”たまにしか”やらない。
身支度を済ませ、望愛が作った朝食を食べ、望愛に見送られる。
「いってらっしゃい」
今日は直接遠方の得意先に出向くため、望愛とは別々の出社だ。
帰りに自社グループの工場に立ち寄ってくるために車での移動にした。
もともと運転は嫌いじゃない。
「いってらっしゃい」を言われた後、俺が玄関を出て行かないので望愛が「渉さん…?」と首を傾げる。
「何か、忘れ物ですか?」
その”忘れ物”に気付いてほしくて、子供染みてはいるがじっとりとした視線を送る。
それでも望愛の方は「スマホ…?」と今にもリビングに駆け出してしまいそうなので望愛の腕を取った。
「…忘れてるのはお前の方だろ?」
至近距離から見つめ、望愛の唇に視線を落とすと、望愛はやっと気が付いた。
「…あ、ごめんなさい…」
望愛の華奢な手の平が俺の頬を引き寄せる。
「いってらっしゃい…」
出掛ける前の望愛からのキス…。
単純だけど、それだけでその日一日自分を奮い立たせていられる。
何より…占いもまじないも信じない俺が、その日一日が無事に過ごせるような気がしてしまう、俺自身に刻まれるお守りみたいなものだった―――。
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