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第2話 甲斐性なしにつき。
我が街、子安貝市は、気温40度を超えたらしい。
記録的な猛暑を叩き出した昼下がり、私は駅三つ離れた久粂市にいた。
久粂駅裏のコンビニの駐車場でアイスキャンディーをかじりながら、例のタワーマンションを見上げているのだ。
ちなみに久粂市は38度ほどらしいが、……どちらにせよ暑い。
「ねぇねぇ、お兄さん。そのバイクなんて名前?」
私の、原型を留めていないバイクは、よくそんな質問を受ける。
「カワサキのエストレヤ」
で、答える私の声を聴いて、戸惑う感じの学ラン高校生くん。
個人的にはお兄さんでいいのだが、まあ、いつもの事だ。
「あれ、おねぇさんなの?」
と、まあ、たまにこんな感じで食らいついてくる輩もいて、興味がバイクじゃなく私に変わっているのだ。
「うん、そうそう。で、君はサボり?」
説明が面倒なので受け流しつつ、話しかけられたついでに、ちょっと一石を投じてみる。
「えへへ、サボりっす」
と高校生君はスッとコンビニの中へ。
私と同じくソーダ味のアイスキャンディを持って戻ってきた。
高校生くんは、私の横でパッケージを開け、水色を引っ張り出した。
どうやら、布石は成功したらしい。
そして豪快な齧りを見せつけられた。
「よくそんなに一気にいけるね」
「んー、強いんすよ」
対照的に、私は控えめに八重歯で砕いて食べている。
知覚過敏気味なのだ。
「君は、この辺の子?」
「そうっすよ。ほら、そこの」
高校生くんはタワーマンションを指さした。
なるほど。
さすが最寄りのコンビニだ。あっさりと住人と出会うことができた。
で、私は短刀を直入させる。
「あのマンションってっさ、“オバケ”でるの?」
「え、そうなんすか?」
そんな高校生くんの反応。どうやら空振りだ。
「ああ、知らないんだ? ちなみに、いつから住んでる?」
そんな感じで私はめげずに、さも有名な話のように振舞ってみる。
そしてプライベートな部分を聞き出すテクニックでもある。
「え、マジっすか? 出来た時からっすけど……」
つまり、約一年前からか。
この反応を見る限り、そういう噂の片鱗すらないらしい。
それが分かれば十分だ。
「あれ、じゃあ違うマンションの話かな?」
私は即手のひらを返し、勘違いという事で自然と終わらせる。
「そうじゃないっすか? あのマンションとか」
同意に続いて高校生くんが指さしたのは、タワマンのはす向かい。
八階建てのまあまあ高級そうなマンションだ。
確かにあのマンションでは飛び降りがあって、そのバックグラウンドの凄惨さから、ネットでも一時話題となった事故物件だが、その件は、今の所はさて置く。
そして、残念ながらその程度の事故物件なら、そこら中にあるのだ。
とは、言葉には出さないが……。
「ところでおねぇさん」
「うん。なんだい? ……あ」
高校生くんの視線の先では、棒から滑り落ちていく私のアイスキャンディー。
『べちゃり』
と、水っぽい音で地面に激突。
財布の中身の大半を投じた嗜好品は、即効で甘い水溜まりとなり果てた。
――木造アパート二階の角部屋。
帰宅後、私はクーラーの設定を20度まで下げ、スマホのメモ機能を開いた。
【駅付近メモ】
――久粂駅付近の都市開発計画が始まったのは、約十年前の出来事だ。
そして、タワーマンションが完成したのが昨年。
ほかにはショッピングモールや、近隣の建物は軒並み高層化してしまっているが、それ以前は、アーケード商店街だった。
だが、そんなアーケードも、開発計画が発表される前に、大半のシャッターが下りて錆びついていた。
まあ、日本中で見かけるような光景だ。
で、当時営業していた商店も、渡りに船だったのだろう。
それなりの金を積まれ立ち退きに応じたという話だ。
と、そこまで打ち込み、私はソファーで目を閉じた――。
――目が覚めるとエアコンが寒いくらいに効きすぎていた。
そして、そのタイミングで、ガラスのテーブルにプラカップが置かれた。
水ようかんだ。
しかもビニールはすでに剝がしてある。
私は起き抜けの半分寝ころんだ姿勢で、冷えた水ようかんにプラスプーンを差し込んだ。
そして、リモコンで設定温度を上げていく同居人の【戸松マドカ】に問いかける。
「で、どうだった?」
「うん、あったよ。派遣のおばさんが言うにはね。それで随分もめてたって。噂好きのおばさんだから、盛ってるかもしれないけど」
どういう事かというと、土地開発の際、立ち退きに応じなかった店舗があったという話を聞いて、マドカに探ってもらったのだ。
「それで、具体的には何があったの?」
「ああ、うん、そのおばさんが言うには、自殺だろうって話で終わったけど」
「憶測はさておき、応じなかった人が、亡くなってたってことね」
おそらくは、素人目に不審に見え、尾ひれがついたとか、まあそういう類だろう。
人づきあいに疲れたマドカがキャバクラを辞め、大手メーカーの子会社にあたる町工場に就職したのが去年の事だ。
そんな町工場には、パートや派遣が多く、近隣の噂話が集まるのもだから、私はちょくちょく話題を拾ってきてもらっていた。
マドカが仕入れてきた話とともに、私は甘味一口目を投入。
さすが銘菓。
滑らかな口当たりで、こしあんの風味も実にいい。
「あまっ美味い」
と、感想を一言。
でだ、土地開発にまつわる噂の件だが、真実はさておき、総じて、”まあまあ良くある話だ“と言うのが私の感想だ。
「でも、ミサちゃん?」
マドカも水ようかんのビニールをはがしながら、私のリアルな愛称に疑問符をつけ足した。
「んー?」
「インチキライターの”久津へらす“に、なんでみんな依頼するの?」
「……いや、私は面白く、かつ怖く脚色してるだけだから。……まあ、ほら、ただだからだよ。無料」
「でもさ、今度の人、お金持ちなんじゃないの?」
「まあ、そうだね。きっと坊さんとか霊能者に頼るほど切羽詰まってないんじゃない? あとケチそうだったし」
美人だったけど、という続きは甘味と一緒に飲み込んだ。
今回も地域の情報から調べているのは、【生首のループ】にそれっぽい逸話を捏造するためだ。
まあ、運が良ければ、極々稀にだが、真実へとぶち当たることもある。
ちなみにだが、実はもう【生首ループ】の原因は見当がついている。
そしてその原因が、あまりにもお粗末な話だったから、盛るためのネタを探しているという次第だ。
「ところでマドカぁ、お願いがあるんだけど……」
私は座り直し、スプーンを唇で挟んで揺らしながら両手を合わせる懇願のポーズ。
「いくら?」
と、言うまでもなく、話が早い。
「ガソリン代も欲しいから、三千円……で」
私の懇願に嫌な顔一つせず、マドカはカップを置くと、夜の蝶だったころの名残であるブランド物のセカンドバックから、これまたブランド物の財布を取り出し、一万円札を机に置いた。
「細かいの無いからこれでいい?」
「マドカぁ、愛してるぅ」
実の所、私は甲斐性のないダメ人間なのだ。
――翌日、私は再び久粂市の駅裏にいた。
今回の【生首ループ】の原因を、私は街の名前や特定できるような情報を隠し、土地開発にまつわる闇で、【不幸な死に方をした夫婦の霊の仕業】と関連付けて、でっちあげるつもりだった。
実際そう言う噂話もあったし、何度もその店主の霊が目撃されていた。
だが私は、でっち上げるのをやめた。
不幸でも何でもない。事実とはあまりにも異なるからだ。
確かに私はインチキライターだが、善悪の分別はあるつもりなのだ。
今、私の立っているこの場所。
駅裏の、今はコインパーキングになっているこの場所に、件の立ち退きのでもめたという花屋があった。
だが別にもめた訳じゃないし、反対すらしていなかった。
花屋の主人は、仕入れ注文をした花が店頭に届くまで、立ち退きを遅らせたい。と、それだけの要望をしただけだった。
事実、その要求に対し業者側は了承。
だが店主は、折悪くも急性心筋梗塞で亡くなってしまった。
それから親族によって立ち退き話は、花の到着を待たずスピーディに進められた。
その時、むしろ親族が立ち退きに関する売買金の吊り上げ要求したのだとか。
噂は全部、尾ヒレだったのだ。
よく、人間のほうが怖い、と言うが、土台比べるほうがおかしい。
欲深く、金絡むのは、生者の悪しき必定なのだ。
私はパーキングの端のガードレールの柱に、一株の植木を置いた。
「これですよね。アガパンサス」
和名は紫君子蘭。
ヒガンバナ科の青系統、紫の可憐な花。
アフリカンリリーとも呼ばれ、店主の、先立たれた奥さんの好きだった花だ。
「随分と、お待たせしちゃったみたいで。本当はバーンと花束にしてあげたかったんですがね、生憎と甲斐性がないもんで」
まあ、私が待たせたわけではないが、乗りかかった船というやつだ。
「どうぞ奥さんへ、お持ちになってくださいな」
花言葉は【ラブレター】【愛の訪れ】など。なんともロマンチストなことだ。
私はその花と店のあった場所に、そっと手を合わせた。
この真実を、誰に聞いたのか?
それこそ”言わぬが花“ってやつだ。
さて、残るはお粗末な、【生首ループ】だが、あちらもさっさと片付けたほうがよさそうだ。
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