第3話 みんなで育てました

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第3話 みんなで育てました

「今月の“心霊現象ファイル”に掲載させてもらいますけど、本当に“生首”に見覚えはないですね?」  私は掲載の報告を兼ね、再び郊外にあるポメ氏のカフェに訪れている。    ちなみに【心霊現象ファイル】とは、某出版社の発刊するオカルト雑誌のWEB版コンテンツの一つだ。  そして現状私の、唯一の収入源でもある。   「ええ、もちろんです。あんな気持ち悪い顔なんて知りません」 「……そうですか」  私はココアに浮かぶクリームの先端をスプーンで掬いあげ、眺めてから口に運ぶ。  うむ、相変わらずここのクリームは濃くて美味い。  そして罪悪感の塊だが、それでいい。そこがいいのだ。    さて今度は、ココアも一緒に……、と思ったところで問いかけられた。 「結局なんだったんです?」    一度スプーンを置き、私は神妙な顔つきを作る。 「ああ、それなんですが、どうやら先月行かれたK国旅行で、何か悪い霊を連れてきてしまったのではないかと。何か心当たりはありませんか?」 「あ、……はい。あります」 「ですが、有識者が言うには、徐々に霊障は消えるだろうと」 「そう……ですか」 「まあ、心配なようであれば、ここに一度相談なさって見ればよろしいかと」  と、私は内ポケットから前もって用意してあった名刺をテーブルに置いた。     その名刺には、 【霊のお悩み駆け込み寺、天分寺(てんぶじ) 庵主 七沼(ひちぬま) 那智(なち)】  と、達筆風な書体で連絡先と共に踊っている。    ポメ氏は名刺を受け取ると文字を眺め、それから裏返した。  裏側にはわかりやすく料金が書かれている。  その値段は、常人の感性なら絶対高いと感じるだろう。  だが困っている人なら出せるだろうという、絶妙なところを突いているのだが。    悩むそぶりもなく、ポメ氏は名刺をテーブルに下した。 「そのうち消えるんですよね?」  出す気はないと、この言葉がすべてを物語っている。   「保証は出来かねますけどね」 「分かりました」  そう彼女が同意したなら、この話は一旦の落としどころだ。   「ご注文は、お揃いですか? 伝票はこちらに失礼します」  ノックの後、かわいらしいショートヘアーの店員さんが、アクリルの筒に伝票を差し込んでいった。   「では、私も失礼しますね。ごゆっくり」  そうポメ氏も、VIPルームを出ていく。  あれ、伝票を持って行ってくれないのですか?   とは言えないまま、彼女を見送ってから、私は伝票を手に持った。   「ぐぎぎ、おごりじゃないんかい……」  ココアが千円。  このクオリティ。  納得のお値段だったとしてもだ、私にとっては大打撃なのだ。  私は涙をこらえ、カップを舐めるような勢いでココアを堪能してから店を出た。    さて、先ほどのK国旅行の件だが、実は捏造だ。  彼女のSNSにK国へ行ったという情報があったし、泊まったホテルが何か気持ち悪かったと残っていたので、そこを利用させてもらったのだ。  ポメ氏は、そもそも霊という存在に対し、過敏に反応してしまう質なのだろう。だが不快な感覚があっても、必ずしも霊感とイコールの話ではない。  ”居ようが居まいが“不快は不快なのだ。    なんにせよ、記事にしたときインパクトがあるように捏造させてもらうが、まあ、全部がデタラメという訳でもない――。      ――モーニングタイムも区切りがつき、まもなくランチと言う時間。  私は駐車場の端の木陰で煙草を吹かしていた。    来る確証はないが、ある人物を待っているのだ。  そして、どうやら私は賭けに勝ったようだ。  スタイリッシュな赤い外車を駆り、カフェの駐車場に私の待つ相手が現れた。    私はまだ長いたばこを一旦消し、携帯灰皿にそっと置いた。    そして彼女が車を降りてくるのを待って、声をかけた。 「先日も、ここでお会いしましたよね?」 「ああ、はいはい」  彼女も、私の事が印象に残っていたらしく、すぐに理解したようだった。  そしてなかなか愛想がいい。    先日、ポメ氏に声をかけられたとき、丁度ランチを終えて出てきたあの女性だ。   「今日もランチですか?」  煙草の残り香を搔き散らしながら、私はゆっくりと彼女に歩み寄る。 「ええ、限定ランチをいただきに」 「ここの、映え(・・)ますもんね」  前回、私がポメ氏と話していたタイミングだったのも良かったのだろう、警戒も薄い。    小声でも届く位置まで近寄り、私は彼女に告げた。 「嫌いなら来なければいいのに。その心理は何なんでしょうね?」 「……え?」   「別に告げ口したりしませんよ。けど、画像を“あげる”なら、細心の注意をはらったほうがいい。というか、“あげない”ほうがいいですけど」 「えっと、あの……?」    私は、ポーカーフェースができないらしい彼女の手首を指し示す。 「貴女のネイルと、その男物のシルバーチェーン。合わさるとなかなか同じ人はいないのでは? 特徴的ですよね。窓ガラスに移りこんでいましたよ。貴女が上げた写真の中の一枚に」  彼女はSNSで、ポメ氏のアンチをしていたのだ。もちろん匿名だ。    実は、今回の事件の真相は、生霊。つまり悪意の念だ。  個人的な恨みは知った事じゃないが、彼女のSNSには、濁してはあったがポメ氏とわかる内容で罵詈雑言が綴られていた。   『嫌な女』それがSNSで、ポメ氏に向けられた初めの言霊だ。    そんな事で? と思うかもしれないが、馬鹿にはできない。  ネット上で、その言霊を見た人間が、【いいね】や【リプライ】をする。  あるいは、負の感情を餌に、言霊は成長を続け、独自のオカルティズムモンスターへと進化する。    彼女と、関わった人間とで、知らず知らずに育てた魔物だ。  それこそが現代の呪詛なのだ。    侮るなかれ、その呪詛は人すら殺す。    警告はした。  あとは彼女が原因の一手を消し、呪詛がネットを彷徨って薄まる(・・・)のを祈るばかりだ。    今回の原因を強いてあげるなら二つ。  成功者に対する妬み。そしてポメ氏の性格の悪さだ。  書き込んだ彼女ではなく? と思うかもしれないが、“呼び水”は彼女のSNSにもあったのだ。  例えば、特定のフォロワーに見せつけるような有名ホストとの旅行とか。  そんな事、見る側の逆恨みだ、と言われればそれまでだが。    【生首】として降ってくるくらいの呪詛だ。  まあ、私としては、ポメ氏も常連客の顔くらいは覚えておいてもいいとは思う。     「人を呪わば穴二つ。知ってか知らずかに(かか)わらず」  そんな呟きを置き土産に、呪詛を放った彼女に何事もないことを祈りつつ、私はバイクに跨りその場を後にした――。        ――夕方まで緩く過ごし、私は再び久粂駅の裏にやってきた。    今回はタワーマンションには関係はない。  あ、いや関係なくはないか。    そして公共の駐輪場にバイクを止め、近くのコンビニで冷えたみたらし団子を買った。  店で焼いた香ばしい団子もいいが、コンビニの『ぬちゃ』っとしたみたらしも好きなのだ。    私は真新しい街を少し散歩しながら、タワーマンションのはす向かい、八階建ての高級そうなマンションにやってきた。  このマンションは、表ロビーはオートロックになっているが、裏側の螺旋状の非常階段には、各階の内側からロックされているだけで上がることができる。  そして屋上まで行けるのだ。      私は屋上に上がり、貯水槽の脇に腰を下ろした。  昨年、ここから少年が落ちて死んだ。    世論は、この少年に何があったのか、と世の中が飽きるまで報道が踊った。  自殺ではないのか? 学校で何かあったのではないか?  挙句、殺されたのではないか? と。    屋上にしか上がれないという構造上、その特殊性が相まった。  わざわざそんな場所に行くか? 死ぬ気で上がったのでは? 等々。  ちょっとした陰謀論よろしく、SNSやネットでも、無責任な憶測が飛び交った。    そして誰かが言った。 『頭の半分ない少年の霊が出る』と。  その噂はネットの中を駆け巡り、この場所を幽霊物件へと押し上げた。    風の前の塵のように飛んで消える噂もあれば、転がる雪玉のように、膨れる噂もあるのだ。   「知ってるかい? 心霊スポットって言われる場所の大半は、噂が一人歩きして、憶測や又聞きとかを栄養にさ、みんなで育てた魔物なんだよ」  私は、傍らに腰を下ろした学ランの学生くんと自分の間に、みたらし団子を置いた。そして一本摘まみ上げる。 「うん、何となく。今ならわかるっす」   「そうか。話せばわかる少年でよかったよ。私はさ、成仏させてやるような“甲斐性”はないから、話しくらいしか出来ないけど」 「へへ、ありがたいっす。いつから気が付いてたんすか?」 「ふふ、最初から。しいて言うなら、あのアイスキャンディ。ゴリゴリくんのパケが、去年のだったからね」 「おお、目ざといっすね!」 「でしょ? コンビニのセンサーが反応してなかったり。それと学ランは、あの辺では、去年を最後に絶滅したのだよ。世はブレザーの時代なのだよ」  そこで少年はみたらしをつかみ上げた。    みたらし団子越しに夕焼けを、少年はタレの琥珀色を眺めながら言った。 「落ちたんすよ。本当に事故だったんす」  それと同時に、琥珀色のタレが尾を引いた。  そして粘度の高いそれが、ポタリと地面に張り付いた。   「だと思った」  私の素直な感想だ。   「あの、タワーマンションからは朝日しか見えないんすよ」 「なんだよ、夕日を見るためってか? ロマンチストめ!」 「えへへ」   「()くの?」 「そうっすね。なんだか体が軽くなったんで、往くっす」   「そう、じゃあ達者でね」 「達者? でいいすか?」 「いいんだよ」    笑いながら、少年が立ち上がる。  その瞬間、少年のすぐ傍らに、夕焼けよりも赤いワンピースで透けるような白い肌の、艶やかな闇のような黒髪の少女が現れた。  私は、ゆっくりその少女から目を逸らす。     すると少女は『パチン』と指を鳴らしながら言った。 「お前、本当にもの好きね」    私は目をそらしたまま、存在だけを視界の端に捉えていた。 「まあ、乗りかかった船なんで」 「(わらわ)と目を合わせてくれないの? とって食ったりしないわよ?」   「死神の(びゃく)さまと、目を合わせるほど、私は強くないんで。じゃあ、まあ、その子がどうか迷わないようにお願いしますよ」 「誰に言ってるのかしら? けど、いいわ。不敬ではあるけど、お前の働きに免じて許す。またね。美咲(ミサキ)」    死神は、私の真名(まな)を気安く呼び、少年もろとも搔き消えた。    そして何事もなかったように、いや何事もなかったのだろう。  この場には私しかいない。  傍らには、みたらし。  私は、残ったみたらしも食べ、そして指を舐めた。
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