第4話 送り、迎え。

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第4話 送り、迎え。

 子安貝市(こやすがいし)(はずれ)。  樹海というほどではないが、それなりに鬱蒼とした森が旧国道の両サイドに広がっている。    私は、道路の脇の空き地にバイクを()め、煙草を吹かしている。  時間は午前零時を回ったところだ。    秋にはまだ早い。なのに虫がやたらと(やかま)しい。  だが不意に、数多(あまた)の虫の音が()まった。たまに起こるシンクロニティだ。    そのタイミングで車のヘッドライトが見えた。  私は道路沿いに出て、煙草を持った手をあげる。    すると車は、ゆっくり減速しながらウィンカーを出して()まった。  そしてすぐに後部座席のドアが開いた。    【子安貝タクシー】と、黒い車体に白い社名が主張している。 「いやぁ、よかった。バイクが壊れてしまいまして」  私はシートに滑り込み、そんな一声。    こんな(・・・)場所だから、ドライバーさんを驚かせないためだが、案の定だ。 「いやぁ、オバケだったらどうしようかと思ってましたよ」 「あはは、でしょうね」   「この場所って、ほら”噂“があるから。で、どちらまで?」 「ああ、有名な“アレ”ですね。とりあえず駅裏のロータリーへ」 「はい、では、子安貝タクシー、持田が安全運転でお送りします」  そう白髪交じりのドライバーが、肩越しに振り返って微笑んだ。    ドライバーはダッシュボードの表示を賃送に変え、ハザードランプから転じて右ウィンカーを出した。  そしてタクシーがその場から走り出す。     「そういえば運転手さん、知ってますか? あの噂、実は全国にあるんですよ」 「そうなんですか?」    あの噂とは――。  ――夜中、タクシーを走らせていると、人気のない場所で女性が手をあげている。  そしてその女性を乗せると、目的地周辺で姿が忽然と消え、シートが濡れていたというアレだ。   「ええ。細部のディティールは多少違いますが、全国にありますね。発祥は京都のとある池と言われていますが、青木ヶ原樹海や、森林地帯の霊園とかにもあります」   「お詳しいですね。京都の、その池にはなにか(いわ)れが?」 「諸説ありますが、もともと事故の多い池ではあったので、子供が遊ばないように、『オバケが出るぞ!』って噂を流したのが始まりと言われてますね。実際、子供を助けようとして母親が死んだって話もあったようなので」   「じゃあ、やっぱり、火のない所に煙は立たないってことですかね」 「どうでしょうね。別にね、その池でなくとも、水難事故はあるし、助けに入った人が死ぬなんて話は、悲しいかな、よくあることなので。悲しい事故だから幽霊が出るってのも、なんだかね」  インチキライターがいう事でもないのだが、実際私はそう思っている。    この手の話の大半は、噂が一人歩きした結果、新たな”オバケ“が産まれてしまっているのだ。  そして、そのオバケのせいで事故が起きた、と噂は力をつければ“連鎖”が起きる。  いわゆる負の連鎖だ。    とりあえず、霊の仕業と事故とを結びつける考え方はいかがなものか、とは思うが捏造ライターの私にとっても巨大なブーメランだから、強くは言わないでおく。     「うちの会社でもね、しばしば話題になるんですよ」 「ああ、幽霊話ですか?」 「ええ。でもね、『どこそこのドライバーに聞いたけど』とか、『前に勤めていた〇〇に聞いたけど』とか、ほぼ又聞きでね、本人の体験談には遭遇したことがないんです」 「はは、でしょうね」  そんなものだ。  実際体験した人物から聞いたなら、それはもはや噂話ではない。   「私はその手の話、信じてないのですがね。うちの娘いわく、馬鹿にはできないからって。交通安全のお守りをくれるんですよ」  持田氏はそういってバックミラー越しに私を見てから、窓の脇で揺れるお守りに視線を流した。   「いいお嬢さんですね」 「ええ。あとは嫁にさえ行ってくれれば何もいう事はありません」 「行ったら行ったで寂しいのでは?」 「はは、かもしれませんね。ああ、失礼ですが、女性ですよね?」 「あはは、紛らわしい恰好ですよね。すいません」 「いえいえ、こちらこそ失礼しました」      持田氏は、勤続二十五年。  先立たれた奥様の分まで、娘さんを愛し、そして育ててきたという。    そして父思いの娘は、父と同じタクシー会社に就職した。    毎日、たくさんの人々を、迎え、そして送ってきた持田氏に私は語りかける。 「そろそろ”止まって“いいんじゃないですか?」 「あはは、気が付けばがむしゃらに走ってきました。娘にだけは不自由させたくなかったので」 「ちゃんと伝わってますよ。そろそろ、ほら肩の力を抜いて」    私は、胸の内ポケットからスマホを取り出し、持田氏に見えるように差し向けた。 「そうですか……そうなんですね」  と、持田氏の顔が緩んだ。    スマホには、持田氏の娘に抱かれた赤ん坊と、二人を抱きしめる男性が写っている。 「旦那さんも、貴方の勤めていたタクシー会社の方だそうですね」 「ああ、雪上(ゆきうえ)ですね。あれはいい男です。そうですか、あいつが……」   「そこで停めてください」 「畏まりました」   タクシーが停まり、車内から抜け出だす途中、私は一言だけ残していく。 「ねぇ、持田さん。たまには“迎えられる側”も、いいものかもしれませんよ?」  そして私と入れ替わるように、初老程の女性が後部座席に腰を下ろした。   「お前……」 「あなた、迎えに来ましたよ」  ドアが閉まるまでの僅かな間に、二人の語らいが私の耳をくすぐった――。      ――タクシーを見送ると、指先からポロっと煙草の灰が落ちた。  私は二度ほど煙を吸い込み、携帯灰皿に煙草を押しつぶした。    時間はまだ、午前零時を回ったところなのだ。 「まだ間に合うね。あまあまの、あんみつが食べたいんだ」  私は呟き、傍らにあるバイクに跨った。    そしてご機嫌なエンジンを吹かし、お目当ての店に向かうのだ。
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