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その声は及びて
優矢に事情を共有して以降、雪治は目に見えて上機嫌だった。件の神社への参拝においてもそれは顕著に表れていた。友と向き合えていない間、礼儀作法は守りつつもその心は神に呼びかけることはなかったが、優矢に打ち明け受け入れられてからは神々へ呼びかけるようになった。
それに喜んだのは雪治を神子としている神々だ。しかし、呼びかけに応じて話しかけるも、満月でも新月でもない日は高位の神でなければなかなか声が届かない。雪治との繋がりがまだ強固でないこともあり、八誉命も護国武尊も猛外宿禰命も竈火大神も雪治へ声を届けることはできなかった。
あれから数日が経った休日のこの日も、雪治は参拝して神に呼びかけていた。その日はたまたま雪治の参拝の時間に天晴大御神が件の神社を覗いていた。最高位の神であるアマガハラは今の雪治にであれば声を届けることができるだろうと雪治の呼びかけに答える。
「雪治」
先日おりんを助けた際に聞いた物腰柔らかな声が聞こえ、雪治はハッとして辺りを見渡した。平日の朝だからか、幸い近くに人はいない。雪治は小さな声で応じることにした。
「はい」
「まずは此度の戦いを含め、そなたの務めに礼を申します。それから……そなたに人智を超えた治癒力を授けてしまったこと、どうか謝罪させてください。申し訳ありませんでした」
雪治は驚いて固まった。前に夢で話した神たちは雪治の気持ちなどお構いなしの傲慢な態度だったのに、この声の主は雪治の心に寄り添う気があるようだ。雪治はなんとなくこの神は治癒力を授けた現場には居なかったのだろうな、と察した。
「……いえ、たぶん貴方のせいではなさそうなので気にしないでください」
「ありがとうございます。……もし許されるのなら説明する時間をいただけませんか」
「ここに長く留まるのは……」
アマガハラの提案に、雪治は再び辺りを見渡すと眉を寄せて言い淀む。この神社は平日でも参拝客が多分に来る。今はまだ少ないがこれから徐々に増えることは明白だった。拝殿の前に長時間居座ることはできない。雪治は江戸で橋をかけてもらった際に何もないところで話せたことを思い出し提案する。
「家の神棚を通じてお話いただくことはできませんか」
「今のそなたであれば可能でしょう。……そういたしましょうか」
「ありがとうございます。では後ほど」
雪治は頭を下げて参拝を終え、一度家へ帰ろうと境内を歩き始めたが、そこへ女性が話しかける。彼女はすっかり顔馴染みになった宮司だ。雪治がいつになく拝殿の前で留まっていたのを見ていた彼女は、真摯に神に使える身として話しかけずにはいられなかった。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
「何やら話し込んでおられたようですが、神のお声が聞こえましたか」
「い、いやぁ……まさか……ちょっと報告が多くなっただけですよ」
宮司の核心を突いた質問に、雪治はあからさまに動揺し視線を泳がせた。嘘が下手すぎるその様子に宮司は思わず笑みをこぼし、眩しげに目を細めた。
「ふふ、そういうことにしておきましょう」
「じゃ、じゃあまた、雨じゃなかったら明日も来ますね!」
「お待ちしております」
逃げるように去っていく雪治の後ろ姿に深く礼をし、宮司はそっと目を伏せた。彼女は神に選ばれなかったが、それなりの力は持ち合わせている。詳しい事情を知らずとも、雪治が神に選ばれし者であることは勘づいていた。小さくなっていく雪治を見送りながら彼女が呟く。
「羨ましいような、選ばれなくてよかったような……いえ、神に使える者としては素直に羨むべきですかね。なかなか大変そうですが」
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