0人が本棚に入れています
本棚に追加
そして神は語れり
家へ着いた雪治は神棚に向かって参拝時のように呼びかけた。アマガハラは神域から雪治の祈りを頼りに彼の家の神棚を通じて答える。
「無事に家へ戻ったようですね。声も問題なく聞こえているでしょうか」
「問題なさそうです」
アマガハラの確認に雪治が頷いた。先ほど神社で話した時よりは少々声が遠いようにも感じたが、最初の新月の日のようなノイズもなく、話をする分には問題なさそうだった。
「ではさっそく本題に入りましょう。体勢は好きに崩して構いませんからね」
優しく雪治を気遣うアマガハラの言葉に、雪治は目を瞬いた。神が神子を気遣うとは。江戸で話した時もそうだったが、やはりこの神は他より話が通じそうである。今まで話した他の神ではなかなか話にならなそうだ。説明をしてもらうならこの機会を逃す手はないだろう。
「まず私たちの紹介をしましょうか。まだ姿は見えず声もいつでも届くというわけではないでしょうが、どのような者がそなたに使命を課したのか、当然そなたにはそれを知る権利がありましょう」
そう切り出したアマガハラは最初に自らのことを雪治に説明した。太陽神であり、豊穣と織物の神でもある、と告げられ、雪治は江戸で架けてもらった橋が織物だったことを思い出した。
それからアマガハラはまず武神として八誉命と護国武尊と猛外宿禰命を紹介し、次いで竈火大神を文字通り竈の火の神として紹介した。
「これら4柱がそなたに勝手に治癒力を授けた愚か者どもです。竈火大神はともかく、他の3柱は遥か昔に人の世にいた者たちなのですが……何故ああも傲慢になってしまったのか……本当に申し訳ない」
アマガハラの溜め息混じりの声音だけで、相当に手を焼いているのだと察してしまった雪治は、アマガハラへの同情を禁じ得なかった。苦労人なのだろう、と神棚に同情の目を向ける。
「それから大器永巫命という名の女神もおります。彼女は非常に勇ましく、強かで、そなたに同情的であると同時に愚か者どもに厳しく、先の4柱のことも刀の鞘で殴打しておりましたね」
「アマガハラ様以外にも俺に優しい神様がいるみたいでよかったです」
雪治が思わず笑いを含んで安堵を示せばアマガハラもつられたように小さく笑みをこぼした。
アマガハラはさらに続け、出世の神として天子夜命を、人徳からの良縁の神として聖鷦鷯神を、時と土地の平穏を司る神として時和大神を紹介する。
「天子夜命は少々腹の黒いところもありますが比較的良識がありますし、聖鷦鷯神はそれはもう人徳者です。時和大神も好奇心と食欲が旺盛な地元愛の強い良い神ですよ。そなたが思っているよりは、そなたにとってまともな神もおりますこと、わかっていただけたら僥倖です」
雪治はアマガハラの言葉に苦笑しつつ頷いた。もしかすると神は皆傲慢なのではと考えていたことはお見通しだったようだ。アマガハラの言動を見るに、まともな神もいそうだと雪治は思い直した。
「まともな神こそ多忙でなかなかそなたに手を貸せず、振り回してしまっていて申し訳ありません。私たちもなるべく愚か者どもへの監視体制を強化しますので、どうか引き続きそなたの力を貸していただけませんか」
「……断る余地があるとも思えませんが」
「そなたが嫌だと言うのなら此方のことは私が何とかいたします」
まともな神々はともかく、断るとあの傲慢な神たちが何をするかわからない。雪治が言外にそう告げれば、アマガハラは苦笑しつつも何とかすると断言した。初めて神子を辞めるという選択肢を明確に得た雪治だが、既に先日の江戸でその望みを自ら断ち切ってしまった。雪治は覚悟を決めた顔で答える。
「乗りかかった船どころか、もうだいぶ乗り込んだ船ですから最後までやります。俺の代わりに誰かが背負わされるのも酷ですから」
「そう言うと思って代わりを立てる話はしませんでしたのに……」
「回を追うごとに対峙する妖が強くなっていると感じました。この先に必ず誰かが戦わなければならない何かが待ち受けているのかと。となれば俺が逃げて終わりにはできないはずで、誰か別の者が代役になるしかない」
察しの良い雪治にアマガハラは感心した。逃げやすいように選択肢を与えてもその先を察して逃げない雪治に惚れ直す思いだった。雪治の覚悟を見たアマガハラは、言いづらさに何度か口を開閉した後、雪治に酷な通告をする。
「お察しの通りです。これからそなたには武神よりも強くなっていただかなくてはなりません」
「……それはまた随分と、俺は人智を超えるんでしょうね」
「申し訳ありません。そなたが心身ともに最も強く、神々との親和性が高い魂を持っているのです」
この国を、人々の世を守るためには、強い神子というある種の犠牲者が必要である。謝罪することしかできず、アマガハラは下唇を噛んだ。が、存外雪治は納得した様子で頷いた。雪治は自分が心身ともに強い自負がある。故に、それが理由と言われれば納得せざるを得なかった。
「それに、これがそなたにとっては最も知りたくないことかも知れませんが……私たち9柱はそなたを愛しておりますので……そういった意味でもそなたが選ばれるのは必然でした」
「んぇ?」
雪治は思わず素で反応してしまった。あの傲慢な神たちもあの態度で愛していると言うのか。訳がわからない、と思いきり顔に出したものの、咳払いを挟んで取り繕い改めて聞き返す。
「えぇっと、なんですって?」
「9柱全員がそなたを愛している、と申しました。神子は神に愛されているから神子なのです」
「……そ、うですか。ありがとうございます?」
愛しているにしては、な態度を思い浮かべつつも雪治はひとまず受け止めることにした。首を傾げつつ礼を言う雪治にアマガハラは笑みをこぼす。アマガハラはこれまでの仕打ちからして雪治が愛情さえ拒否する可能性も考えていたが、雪治には愛情を拒否するという発想さえなかった。
最初のコメントを投稿しよう!