梔子色

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梔子色

 公園を抜け、レンガ畳の道をふたりで歩く。坂が急なせいか、足音が自然と大きくなってしまう。一度僕の家に寄ってもらうこととなり、ひとりで歩いてきた道を一緒に通る。山沿いの住宅街、見覚えるのある家の壁。一度しか通ったことのない道が、まるで何度も通ったことのある場所に思えた。  家の前に着く。タクシーでも呼ぶのかと尋ねると、徒歩で帰宅すると返された。驚きがあり、止めようとも考えたが、彩音のことだからきっと言っても無駄だと思った。ちょっと待っててと言って、僕は貰ったプレゼントを置いてネックウォーマーを取りに戻った。 「じゃあ行こう」 「行こうって?」  終電もないだろうからと、家の方まで送る旨を伝えると、首を振って拒まれた。夜遅い時間でも合ったことから、僕の方こそ折れるつもりはないことを話す。 「申し訳ないと思ってるかもしれないけど、時間も時間だから、こっちがモヤモヤしちゃうよ。家は二駅分も先だし、帰りは僕がタクシーを使うから、安心して」  渋々わかったと言う彩音に、ネックウォーマーを差し出す。 「はい、これ。それは僕が使ってたばかりだし、こっちの方がいいかなって」 「……ありがとう。でも、こっちの方がいい」  マフラーに指を掛け、頬を赤らめて顎を隠した。差し出したそれは自分で使うこととした。徒歩で一時間ほどかかりそうな道のりを歩き始める。日付が変わってから三十分が経過していた。 「貴方、二十歳になったんだっけ?」  そうだよ、変哲もない言葉を返す。彩音の歳を思い出す。確か、あの日に歳を聞いたような。 「十九? だっけ彩音は」 「うん」  今日で初めて、僕らの歳は一年分違うことがわかった。仮に彩音が大学生だとしたら、一年生だ。 「僕ら、一個違いだったんだね」  思ったままのことを口にする。住宅の隙間から街並みが稀にちらつく。 「貴方が歳上なんて、何だか信じられない」 「……えっと、バカにしてる?」 「うーん、ちょっとだけ?」  ニヤリと悪戯に浮かべる笑みに軽く溜息を吐くと、彩音は嬉しそうに失笑した。 「冗談だよ。ちゃんと歳上らしいところもあるよ」  街灯だけが頼りの道で、横顔がしっかりと確認できては、また暗く隠れる。坂道を下り終えると、交差点に出た。信号機のあるT字路だ。 「車の信号機、素敵だなって最近気がついたの」 「信号機が?」  歩行者用の信号が点滅し始めた。青色(あおいろ)を照らす、丸い光が消える前兆だ。 「信号機には、満月があるの」  赤い光の中に、立ち止まる人のシルエットが浮かぶ。見てて、と言われて視線の先を見上げる。車道用の信号機は青から、一瞬の黄色を開かせた後、赤を灯した。 「ほらね。真ん中に満月が一瞬だけ映るの。一瞬だけだから、本当に満月みたいなの」  僕はクスッと笑ってしまう。 「おかしかった?」 「ううん。前から思ってたけど、彩音のその感性がすごくいいなって。言われてみると、本当に満月みたいだ」  交差点を横断する。何か見覚えがあり、考えると、ここで今朝轢かれかけたのだと思い出した。 「そうだ、ここで朝轢かれかけちゃったんだよね」 笑い混じりに言うと、肘をつねられて左右に揺さぶられた。
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