アンバー色

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アンバー色

 その感性は、生きてきた中ではあまり感じたことのないものだった。言われてみれば、といったものだ。 「ねぇ、貴方のカメラで、この景色を撮ってみて」  僕は言われた通り、レンズ越しに川沿いを眺め、ボタンを押した。 「撮ったけど、なんだか微妙な……」  隣を向くと、その焼けた横顔が姿を消していた。心臓が、ドクンと大きく波打った。 「すぐ私のこと見失うね」  僕から見て、右側に立っていた彩音は、左側で頬杖を立ててニヤリとした笑顔を僕に向けている。音もなく移動できるその行動に妙な恐ろしさがあった。 「びっくりさせないでよ……」 「ふふっ、ごめん、ちょっと揶揄ってみたかったの。……私にもここの景色撮らせて」  紐ストラップを首から外そうとするも、そのままでいいよと言い、僕の首に引っ掛けられたままカメラを手に取る。僕の左肩に、彩音の真っ白な肌が寄り添うような形となってしまった。シャンプーのような香りが、風上から鼻につく。  カシャっと音を立てると彩音はカメラから顔を離し、浅く呼吸をした。 「どう?」  何も言わずに首を横に振る仕草で悟る。 「ここでもなかったか……」  僕の一言に、彩音はふと疑問を吐いた。少し俯いて、眉間に皺を寄せている。 「もしも私が、全ての色を認識できるようになったら……どうするの?」 「どうするって?」  僕は首を傾げ、問い返す。 「貴方は色を探そうと言って、私とこのカメラを持って、様々な場所に出かけてくれる。じゃあ、色を探し終えたら、私達はもう会うことはないの?」  僕にとっては愚問だった。答えを用意していたわけではないが、その考えは定まっている。 「色を探し終えたら、今度はその色を楽しみに行くんだ。僕は、彩音が良いのならばこの旅みたいな、散歩のようなものは終えたくないな」  頼りない緩い風が僕の首元を撫で、彩音の髪を悪戯に持ち上げる。彩音は、そっか、とだけ言うと微笑んだ横顔を僕に向けた。 「僕も昔、色の思い出があるんだ」 「色の思い出?」  柵に肘を乗せて、腕に重心を任せて僕は記憶を語る。 「まあ思い出と言っても、単なる夢の話なんだけどさ」 「どんな夢?」 「……星空の夢だった。数えきれない程の星の光が降り注ぐように空から溢れて、大きな月もあった。その星々は、赤も緑も青もある。もちろん黄色も。春みたいな暖かい空気の中で、僕はずっとそれを眺めてた。良い夢だった。すごく良い夢。……だから、色を全て見つけたら、今度は色を楽しみにいこう」  感情が移り変わるように夜になりつつある空を眺めて、素敵な夢、と彩音は呟いた。背後を通り過ぎる自転車のチェーンがギィギィと錆びついた音を鳴らしながら通り過ぎる。自動車の排気ガスの臭いがその音に被せるように撒き散らされる。少しの沈黙が生まれる。気まずいとは感じない。 「もうすぐ夜だ。今日はそろそろ帰ろうか」 「そうだね……じゃあ、貴方のことを何かもう一つ聞いたら行こうかな」 「もう一つ?」  ニヤリとしたような笑みを僕へ向け、白い髪を耳にかけた。僕は呆れたような溜め息を一つ漏らす。
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