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今、思えばずいぶんパンチの効いた申し出だ。当然、星井は「は?」と目を丸くした。
『なんで? 青野、私のこと好きだったの?』
『わりと。クラスメイトしては』
『クラスメイト!?』
『あと、結婚してもいいと思える程度には』
『いやいや、意味わかんないんだけど!』
後ずさる星井に、俺は懇切丁寧に説明をした。
去年の夏、夏樹さんを好きになったこと。なんとかして彼と縁を結びたいこと。さんざん悩んだ結果、導き出した答えが「義弟になる」だったこと。
『つまり、俺と星井が結婚すれば、俺は夏樹さんの義理の弟になれるわけで──』
『無理無理、怖い怖い怖い!』
俺の説明をさえぎるように、星井は激しく首を横に振った。
『そんなにお兄ちゃんが好きなら、直接お兄ちゃんに告白すればいいじゃん!』
『それはできない』
『なんで!?』
『彼を困らせるから』
夏樹さんへの告白も、考えなかったわけではない。
けれど、そんなことしたら100%フラれる。あの人の恋愛対象は、おそらく女子だから。それに、あの人は俺のこともあの夏の出来事も覚えていないのだ。どう考えてもこの恋が成就するとは思えない。
『でも、フラれるだけならまだいいんだ。俺が悲しみに耐えれば済む話だから』
一番の問題は「彼の負担になるかもしれない」ということ。
夏樹さんは、あの髪色とフレンドリーな性格のせいで「軽薄な陽キャ」に見られがちだ。
けれど、実際は情の深いお人好しだったりする。
そんな彼に告白したら、どうなるか。
おそらく、ふったはずの俺のことを、ひそかに気にかけてくれるに違いない。それこそ、俺に新たな好きな人ができるまで、ずっと。
『そんな負担、あの人にはかけたくない。だったら、この想いは一生伝えないほうがいい』
俺の真摯な告白に、星井は「いやいや」と容赦なく突っ込んできた。
『お兄ちゃんに負担がかからなくても、私に負担がかかるから! ていうか、すでに意味不明すぎて迷惑してるし!』
『そうかもしれない。その点は謝る。ごめん』
『それだけ!? 私への配慮は一切なし!?』
こんな調子だったので、星井との第1回交渉は決裂に終わった。
それでも懲りずに、俺は第2回、第3回、第4回と交渉を重ね、ひたすら星井に頭を下げ続けた。
あれは、第8回目のときだったか。
星井に「なぜ義弟になりたいのか」と訊かれたことがあった。
『ただ片想いしているだけなら、他人のままでもいいじゃん』
『俺も最初はそう思ってた。けど、他人のままだと合法的に見つめるのに限界がある』
今はまだいいのだ。学校に来ればあの人に会えるし、アルバイト先の「ラッキーバーガー」に通えば、好きなだけあの人を見つめることができる。
けれど、再来年の今頃はどうなっているだろう?
あの人は卒業しているので、当然学校で会うことはできない。「ラッキーバーガー」でのアルバイトも、おそらく辞めてしまっているだろう。
そんな状況で、あの人を見つめ続けるには? 場合によっては非合法な手段をとらざるを得ないかもしれない。
でも、星井と付き合うことができれば、彼との接点を得ることができる。さらに結婚して義弟になれたら、その縁は一生もの──堂々と彼を見つめつづけることができるのだ。
訥々と語る俺に、星井は一言「怖……」と呟いただけだった。
それからさらに月日が流れて、俺は2年生に進級した。有り難いことにまたしても星井と同じクラスになり、彼女には心底嫌そうな顔をされた。
それでも、俺はあきらめるわけにはいかなかった。
夏樹さんと同じ学校に通えるのも、あと1年。だからこそ、なんとかこの1年で彼の義弟になるための足がかりを掴みたい。
そんな俺の執念に、ついに神様も折れたのか。
ある日の放課後、俺は星井に「話がある」と呼び出された。
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