第1話

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 星井が俺を呼び出したのは、実験棟エリアの2階だ。待たせるのも悪いから、指定された時間より早めに足を運んだんだけど、星井はさらに早く来ていて、俺を見るなり「早っ」と呟いた。 『早いのはそっちだと思うけど』 『えっ……ああ、まあ……』  星井は気まずそうにうつむいたあと、今にも消えいりそうな声で「あのさ」と上目遣いに俺を見た。 『青野ってさ、今でも私と付き合いたい?』 『もちろん』 『念のための確認だけど、青野が好きなのはお兄ちゃんだよね? そこは間違いないよね?』 『間違いない。俺は夏樹さんが好きだ』  きっぱり言い切ると、星井は「わかった」とうなずいた。 『だったら付き合う』 『えっ!?』 『ただしひとつだけ条件。私の恋が叶ったら、別れてほしい』  たぶん、このときの俺は、第1回交渉のときの星井と同じような表情をしていたに違いない。 『……悪い、もう少し詳しく説明してほしい』 『だよね。ええと……まずさ、私、好きな人がいるんだけど』  星井いわく、彼女の想い人は、どういうわけか女子と話をしようとしない。せっかく話しかけてもすぐに逃げてしまうため、星井としてはアプローチのしようがなくて困っていたのだという。 『けど、最近気づいたんだよね。その人、彼氏持ちの女子とはふつうに話をしているって』 『──それで偽装交際?』 『そういうこと。私に彼氏がいれば、ふつうに接してくれるかもと思って』  そうして親しくなったところで、猛アピールをして彼を落としたいらしい。  かなりツッコミどころが多いプランだけど、そこはお互い様だから、俺は「なるほど」と呟くだけにとどめた。 『で、どう? 青野的には付き合ってもいい感じ?』 『いい──と言いたいところだけど、重大な()(ねん)点がひとつ』  星井がその相手とうまくいったら、俺たちは別れなければいけない──となると、俺の「義弟計画」は(とん)()するのではないだろうか? 『大丈夫、その場合は責任をもって、青野のことをお兄ちゃんにアピールするから』 『……本当に?』 『本当に。ていうか、それまでにお兄ちゃんと仲良くなっておけばいいじゃん。うちに遊びに来るとかしてさ』  なるほど。俺としては「夏樹さんの義弟」がベストだけど、「妹の元カレ兼友人」というベターな関係性を狙うのも悪くはない。 『わかった。よろしく』 『こちらこそ。青野にも協力するから、私にも協力してよね』  そんなわけで、晴れて俺と星井の偽装交際がはじまった。  手始めに、俺は夏樹さんに挨拶することにした。 『妹さんと付き合うことになりました、よろしくお願いします』  夏樹さんは目を丸くしつつも「律儀だなぁ」と嬉しそうに笑った。  やっぱり俺のことは覚えていないらしい。それでもいい。ここからリスタートだ。「こちらこそ、よろしく」と差し出してくれた夏樹さんの手を、俺は強く握りかえした。  いつのまにか、俺と夏樹さんの目線は同じくらいの高さになっていた。
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