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もしかしたら。
「葉山さん、ちょっと!」
「はい?」
「今のお客さんの領収書、間違えて渡してる!」
「えっ?!」
店長に指摘されたわたしは今、レジにしまおうとしていた手元の領収書を確かめた。その瞬間、冷水を浴びせられたように頭から体が一気に冷えた。
――…しまった!やっちゃった!
うちのカフェは領収書を求められた時、手書きで対応する。発行部署の控え、発行部署から経理へ渡す2枚目、お客様控えと3枚綴りになっていて、わたしは経理部署へまわす領収書をお客様に渡してしまっていた。
「わたし、ちょっと追いかけてきます!」
躊躇っている場合でも、店長に指示を仰いでいる場合でもなかった。だって今日は今月の締め日、このままでは各方面に迷惑をかけてしまう。わたしは急いで店を飛び出して、お客様を探した。
「……お客様っ!」
店の前で辺りを見渡すとファーストフード店の前を通り過ぎようとしているその人を見つけた。ほっとしたわたしは気が抜けてしまい、おかげで細い声しか出てこなかった。そんな声がお客様に届くわけもない。
――…追いかけなくちゃ!
「お……、わっぷ!」
もう一度呼びかけようとして、同時に走り出そうとしたわたしは、ちょうど店に入ろうとしていたスーツの人とぶつかってしまった。こんな時に限って低い鼻を直接ぶつけてしまい、わたしは短い悲鳴を上げた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい」
鼻を押さえながら声の主を見上げたわたしの目がそこで止まる。わたしの目の前には、いつかの男の人が立っていた。
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