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「すみません。大丈夫ですか?」
自分に向かって流れてくるその、とても艶のある声。わたしは一瞬、自分を見失うかのような錯覚に陥ってしまう。その顔にその声って反則すぎる。おかげで頭の中が真っ白だ。
すると彼は、
「もしかしてお客様の忘れ物ですか?」
と。わたしが持っている領収書に気がついた。彼の瞳がレンズ越しに注がれて、驚いたわたしの指がピクンと跳ねる。
「まだ近くにいますか?」
「えっ?」
「どんな人か教えてください」
何が起きているのかわからず、わたしはまばたきもできないまま彼と見つめ合う。こんなに近いのに目を逸らせない。
彼はそのキレイな指で領収書を挟むと、代わりに自分の鞄をわたしの胸に預けた。そして、領収書の宛名を確認する。
「どっちに行きましたか?」
「あっち…」
「わかりました。それ、持っててください」
まるで幼い子どもに言い聞かせるように柔らかく笑った。その、とても優しい笑顔にわたしはまた自分を見失いかけたけど、それを辛うじて止めることができたのは彼が走っていく後ろ姿だった。
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