もしかしたら。

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黄昏色へ移りゆくビルのジャングルをしなやかな腕と長い足が走り抜けていく。その様子はまるでスローモーションのようにとても優雅で、わたしの目も心も彼に釘付けにされてしまった。 そして、戻ってきた時に彼が見せてくれた、今度は自分が子どものような笑顔が、まるで懐かしい映画でも見ているかのようにわたしの胸を焦がした。 「ちゃんと渡せたから。それからはい、これ」 戻って来た彼は立ちつくして動けないままでいるわたしの目の前に、経理部へ渡す分の領収書を見せてくれた。それなのにわたしは彼の笑顔から目が離せなくてただ茫然としていた。そんな様子に、 「あれ?これじゃなかった?」 「えっ、あ、これです!これこれ!これです!」 「良かった。間違ってたらどうしようかと思った」 「あああありがとうございます!」 真っ赤だしどもるし声も裏返ってるし、何よりお礼もまだ言えていないという、もう本当に最低最悪なわたし。そんな自分を隠すように腰を二つに折り曲げて、深くお辞儀をした。 その時、わたしの手に冷たい指が触れた。
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