もしかしたら。

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「レジお願いします」 店長はわたしにそう言ってレジから離れた。午後の点検を終えて、これからバックヤードでパソコンに打ち込むらしい。わたしは慌ててレジに入る。 「あ、あの…」 「ホットコーヒーひとつ、お願いします」 「え?」 「アイスコーヒーじゃないくて?」と口には出さないまま思わずきょとん、となる。彼は内ポケットから黒の長財布を出して千円札をトレイの上に乗せた。 わたしがごちそうするって言ったのに。 「あの、」と言いかけて店長がまだ近くにいることに気づく。下手なことは口にできない。勝手なことをすればまた睨まれてしまう。 わたしは仕方なくレジを打ち込み、彼におつりを手渡した。彼はそれを、まるで女性をエスコートするかのように指を揃えて受け取ってくれた。なんて大きな手のひらなんだろう。 その手に爪の先が触れた瞬間、体に電流が走った。心地の良い、軽い目眩のような…― 「席までお願いできますか?」 その声にハッとなるほどわたしは痺れてしまっていたようで、顔を上げた瞬間、彼と目が合った。とても恥ずかしくて、彼に知られたくなくて自分から顔を逸らす。
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