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あの日、ラストオーダーの時間を過ぎてお店の前に現れた彼は、わたしが看板をしまおうとしているのを見て、こう話しかけてきたのだ。
――…あれ、もしかして閉店の時間?
それが彼、ヨシカワユウキさんだと気づいたわたしはまるで背中に物干し竿でも入れられてしまったようにピンと硬くなってしまった。
ちなみに、この時のわたしはまだ彼の名前を知らなくて、きっと彼もわたしの名前を知らなかったに違いない。
それから、彼が話す言葉に頷いたり感心したり、でも、どこかわたしの心はココロ、ココにあらずといった状態で。だって、会う度に思うから。
………彼の手はとてもキレイだって。
いつも、うまく返事ができないわたしに対して彼は決しておしゃべりじゃないのに言葉を上手に組み合わせて話しかけてくれた。
わたしに降り注ぐその声はとても艶めいていて、そしてわたしは顔を上げることができなくて、うつむくわたしの目に入るのはいつも彼の手だった。
話す声に合わせて表情を変える彼の手に、わたしはいつも魅せられてしまう。
だから、本当に覚えていないのだ。
――…じゃあ来週の水曜日、この店の前で。
彼にそう言われるまで、気づいてもいなかった。自分が映画に誘われていたことに。
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