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まもちゃんは箸を置き、一呼吸置くように水を口に運んだ。わたしはそれを少しうつむいた視界の端で捉えている。
「行っちゃダメだってわかってるんでしょ。でも、本当は行きたいんでしょ」
まもちゃんの問いかけにわたしは沈黙のまま肯定する。
「小鳥には園山さんがいるんだから。まぁ、形はどうであれ結婚を控えてることには変わりないわけだし。こんな大事な時期に見ず知らずの男の人と出かけるなんてマズイよ。バレるバレないとかじゃなくて…普通に、常識で考えたら何してんのって話だよ」
そう、まもちゃんの言う通りだ。
わたしには園山さんがいる。形ばかりとはいえ婚約中。こんな時に出会ったばかりの男の人と出かけるなんてあり得ない。わかってる。わたしだってわかってる。だけどね。
「小鳥のことだから相手の人に園山さんのこと話してないんでしょ。話してたらこんなことにはならないよね」
吉川さんは強引にわたしを誘ったわけじゃない。むしろ、わたしが返事をするまで待っていてくれた。急かすこともなく。だから、言えたはずなんだ。わたしには園山さんがいることを。だから、行けませんと。なのにわたしは言えなかった。まもちゃんに返す言葉がなくてわたしの首はどんどん沈んでいく。
そんなわたしにまもちゃんは両手で顔を覆うようにしながら肘をつき、
「小鳥がわたしに言うってことはだよ?自分じゃとめられないから、とめてほしいってことでしょ?」
そう、まもちゃんは顔を覆ったまま少し厳しく、そしてどこか諦めるように言った。
本当に、わたしは何から何までまもちゃんのお世話になりっぱなし。
……―だけど、そう。そうなんだ。
わたしはまもちゃんにとめてほしかった。
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