海蛇

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 五郎(ごろう)は海辺に住む小学生。両親は素潜り漁師だ。五郎の住む港町は、山に挟まれた狭い橋に民家が密集している。鉄道は通じていないものの、隣町にある鉄道の駅から各地へ行く。  五郎は小学校を終えて、家に向かっている。子供たちと一緒だ。ここの子供たちは少ない。多くの若者はこの地を去り、都会へ行った。この子達も、やがて都会へ行くんだろうか? 「じゃあね、バイバーイ!」  五郎はT字路で友達と別れた。ここからは1人で家に帰る。家では両親が待っているだろう。早く帰らないと。  その途中、五郎は浜辺を見た。いつものように浜辺は美しい。浜辺を見るだけで心が癒される。どうしてだろう。  と、五郎は浜辺に打ち上げられている卵を見つけた。その卵はとても美しい。まるで宝石のような見た目だ。 「この卵、何だろう」  五郎はその卵を抱えた。中には何かがいるようだ。きっと、何かの卵だろう。  五郎は思った。両親に内緒で育ててみよう。海の生き物でも大丈夫だ。部屋には先日まで育てていた金魚の水槽がある。何とかなるだろう。  歩いて数分、五郎は家に帰ってきた。五郎の家は海沿いにある舟屋だ。下の階には父、徳三(とくぞう)の船が停まっている。 「ただいまー」  五郎は玄関から家に入った。家では母、秋江(あきえ)が夕飯を作っている。 「おかえりー」  台所から声がした。秋江は夕食を作っていて忙しいようで、振り向かない。  五郎はそのまま2階の自分の部屋に向かった。五郎は卵を床に置いた。一体、何の卵だろう。図鑑で見た事がない、美しい卵だ。 「きれいな卵だなー」  そう思っていると、卵にひびが入った。生まれるんだろうか? 何が生まれるんだろう。五郎はわくわくしながら卵を見ている。 「う、生まれる!」  次第に日々は大きくなり、中が見えた。可愛らしい目が見えている。もうすぐ出てきそうだ。 「ぎゃう!」  その声とともに、1匹の海蛇が現れた。だが、その海蛇は普通とは違っていた。背中に龍のようなうろこがある。いや、本物の龍だろうか?だけど、魚のようなひれがある。 「う、海蛇? す、水槽に入れないと」  それを見て、五郎は海蛇を抱きかかえた。これは水槽に入れないと。五郎は海蛇を水槽に入れた。海蛇は待っていたかのように泳ぎ出した。気に入ってくれたようだ。 「ふぅ・・・」  五郎は一息ついた。そして、水槽を見ている。水槽の中で、海蛇は優雅に泳いでいる。それを見ていると、なぜか癒される。どうしてだろう。 「それにしてもかわいいなー」 「五郎ー、ごはんよー」  秋江の声だ。どうやら晩ごはんができたようだ。 「はーい」  その声とともに、五郎は1階に向かった。1階ではすでに徳三がいる。  五郎の様子を見て、徳三はおかしいと思った。週末でもないのに、どうしたんだろう。何か嬉しい事でもあったんだろうか? 「今日、どうしたんだ。様子がおかしいぞ」 「何でもないよ」  五郎は嘘をついた。本当は何かがあった。浜辺で拾った卵からかえった海蛇が可愛くて、癒されるからだ。 「そっか」  徳三は怪しい目で見ていた。何か隠しているに違いない。明日、内緒で部屋に入ろう。  次の日、何も知らない五郎はいつものように家に帰ってきた。あの海蛇は元気でいるだろうか? どれだけ育っているだろうか? 「ただいまー」  五郎は小学校から帰ってきた。だが、台所は静かだ。いつもだったら夕食を作っているのに。どうしたんだろう。 「五郎、ここに座りなさい」  お帰りと言わずに、どうしたんだろう。秋江は硬い表情だ。いつもと違う。一体何だろう。 「ど、どうしたの?」 「あんた、海蛇を拾ったの?」  五郎は驚いた。秘密にしようと思ったのに、まさか翌日にばれてしまうとは。 「うん」 「なんであんなの拾うの? あんなの、成長したらもっと大きくなるのよ」  秋江は五郎にあきれていた。海蛇は成長したら、もっと大きくなるのに。どうしてそんなものを飼うんだ。 「ご、ごめんなさい」  五郎は頭を下げた。海蛇を飼うなんて、無謀な事だったんだな。飼って損をした。 「その海蛇、海に帰してやったからね」 「そんな・・・」  五郎は驚いた。せっかく卵を拾って、飼ったのに。こんなにもあっさりと、しかもあっという間に別れが来るなんて。予想だにしなかった。  その夜、五郎は一晩中泣いていた。両親は心配していた。だけど、その別れが人を成長させるんだ。そして、大人になっていくんだ。  それから成長して、五郎は高校3年生になった。あの海蛇の事は、すっかり忘れたように見える。だが、五郎はいつも心の中にしまっていた。今でも忘れられないようだ。  五郎は卵を拾った浜辺にやって来た。浜辺は夏と違って静かだ。まるで夏の賑わいが嘘のようだ。  五郎は高校を卒業後、東京の大学に行く事が決まっている。寂しいけれど、成長するために、豊かさを求めるためには東京に行かなければ。 「あと1週間でこの町ともお別れか」  五郎は海を見た。いつものように海は美しい。東京では味わえない、美しい海だ。 「寂しいな・・・」  五郎は両親の事を思い出した。もうすぐ両親と離れてしまう。先日、卒業式の時、秋江は泣いていた。息子との別れが悲しいんだろう。 「あの子、どうしてるんだろうな」  五郎はあの海蛇の事を思い出した。今頃、何をしているんだろう。とても気になる。できれば会ってみたいな。だけど、どこにいるのかわからない。  と、目の前に龍のような背びれが見えてきた。五郎は驚き、首をかしげた。何だろう。 「五郎くん?」 「えっ!?」  声が聞こえた。幼馴染だろうか? 五郎は振り向いた。だが、誰もいない。 「僕だよ」  五郎は前を向いた。と、そこには大きな龍がいる。その龍は手足がなく、水面から体を出している。そして、小学校の頃に拾ってきた海蛇に体色がそっくりだ。 「えっ、僕が飼ってた海蛇?」  まさかと思った。会いに来てくれるなんて、思ってもいなかった。 「うん。僕、大きくなったらこうなったんだ」  五郎は驚いた。あの時の海蛇が、こんなに大きくなって、また会いに来てくれるとは。五郎は嬉しかった。 「そうだったんだ。って、君、何だったの?」 「リヴァイアサン!」  まさか、あの時拾った卵は、リヴァイアサンの卵だったとは。とんでもない物を拾ってしまったな。 「えっ。そんな・・・」 「驚いた? だけど、僕は悪さはしないよ」  リヴァイアサンは優しそうな表情をしている。リヴァイアサンは五郎の頬にほおずりした。五郎はとても嬉しそうだ。 「まさか、また会いに来てくれるとは」 「君といた時間が忘れられなくてね」  リヴァイアサンは笑みを浮かべている。海に帰されて、大きくなっても、五郎を忘れられないようだ。お互い、思い出を忘れられないんだね。 「そっか。でも僕、もうすぐこの町を出ちゃうんだ」 「そうなんだ」  それを聞くと、2人とも寂しくなった。別れるのが寂しいのもお互い様のようだ。 「大学に進学するからなんだ」 「へぇ」  大学の事はわからない。だけど、これからもっと会う時間が短くなるだろうと予想はできる。 「時々この町に戻って来るけど、その時は会おうね」 「わかった。いつでもここで待ってるよ」 「うん」  これから東京に行く。だけど、時々帰ってきた時には、またこの浜辺で会おう。そして、互いの日々を語り合おう。  と、リヴァイアサンは空を見上げた。何かを考えたようだ。 「いつかは、独り立ちしなければいけない時があるんだね」 「そうだけど」  五郎は独り立ちの事を考えた事がなかった。だけど、いつかは独り立ちしなければならない。そして、大人にならなければならない。 「五郎くんもその時を迎えたんだね。僕もそんな時が来るんだろうか?」  ふと、リヴァイアサンは考えた。自分はどうやって大人になるんだろう。全く想像できない。 「きっと来るよ。いいお嫁さんをもらって、パパになって」 「そうだね。それが独り立ちなんだね」  リヴァイアサンは考えた。つい最近、いいメスと巡り合った。いつかそのメスとの間に子供を作りたいな。そして、五郎にその子供を見せたいな。 「僕も独り立ちできるように、頑張らないと」 「頑張ってね。離れても、応援してるよ!」  リヴァイアサンは振り向いた。そこにはもう1匹のリヴァイアサンがいる。一緒にいるメスだろうか? 「ありがとう。じゃあ、僕は海に帰るね」 「さようならー」 「さようならー」  こうしてリヴァイアサンは海に帰っていった。五郎はその後も海を眺めていた。海の向こうは、東京につながっている。陸と海がつながっているように、僕とリヴァイアサンの友情は、これからも続いていくんだろうか?
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