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櫻の下には鬼が出る
正はしばし黙り込みました。
真偽の程を訝っているのでしょう。
長い沈黙の後に、眉を顰めて正が口を開きました。
「それで、その手は……」
「そのまま……枝垂れ櫻の終わる頃まで私の乳房に付いたままで、花が終わる頃にころりと枯れて落ちました」
その鬼の手は供養のためにこの寺に収め、私は尼になる事にしたのです。
清さまは引き留めて下さいましたが、斯様に恐ろしい目にあった屋敷にはもう居られませんでした。
「姉さん。其のような戯言、私には到底信じられません……」
信じられなくても無理もありません。
私とて人伝てに聞いたならば信じなかった事でしょう。
「これを……ご覧なさい」
私は衿を開き乳房を露わにしました。
本来であれば肉親相手とて此のようにはしたない事をすべきでは無いのですが、見せねば信じられないなら致し方ないでしょう。
一年が経とうとする今尚、そこにははっきりと赤い手形と深々と刺された爪痕が残っているのですが……その手形はまるで異形のもののように指と爪の長い、言うなれば鬼の手のような形なので御座います。
そして白い乳房にその赤い手形の付く様は、桜の散り際に蕚の赤くなるのに似ていて、私もまた散りゆくのだと知らしめるようでもあります。
「これは……!」
正も流石に絶句し、信じざるを得ない様子です。
「わかりましたか? 私は櫻が怖いのです。櫻の下には鬼が出る。恐らくはあの枝垂れ櫻だけではありません。だからこそ櫻はあれ程美しい。鬼はきっと人の弱味を探し取り憑こうとあの美しい花で人を惹きつけ、その上からこちらを伺っているのですから」
絢爛の櫻の下には鬼が出る……
櫻の上から狙っている……
了
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