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寝耳に水とはまさに此のこと。
いずれは親の決めた縁談に従うことになろうとは思っておりましたが、真逆妾や後添えなどという話が在るとは思ってもみなかったので御座います。
目を白黒させる私に、ヨシ様は文箱から紙束を取り出して寄越しました。
そこには確かに父の筆跡でそのように有ります。
代わりに店は大きな仕事を回して貰う事になっており、どうやら私はこの家に売られたも同然の扱いなのでした。
「何も知らぬでは戸惑うのも無理はない。静子の心臓にも良くは無かろうし、後ひと月程であれば後添えの話は静子が亡くなってからしよう」
「旦那様は静子姉さまと好いて添ったのでは御座いませんか。そのように情のない仰り様はあまりにも……」
命の期限を切るような言われように反論致しますと、清さまは悲しげに私を見ました。
「静子を妻にと望んだ事を悔やんではいないが、跡継ぎが無いわけにはいかぬのだ。原田の家の直系は己しか居らぬ。何としても子を設けぬでは家が途絶えてしまう」
ここに至って漸く私にも事態の合点がいきました。
清さまのご兄弟はお兄様が事故、弟様がご病気でそれぞれ亡くなって、原田の家督を継げるのは清さまのみ。
しかし御身体が丈夫でない静子姉さまには御子を作るのは難しい。
だからこその私。
跡取りとなる子を産ませるためにこの家に呼んだという事なのです。
「子は早いほうが良いのですが、ひと月程ならばそう変わりますまい。静子の気持ちもあるでしょうから、亡くなるまでは後添えの話は伏せておきましょう」
ヨシ様のお言葉からも、決して静子さまが蔑ろに扱われていた訳ではないとわかります。
清さまも静子姉さまを愛していらっしゃるのに、やむなく私を娶ろうと仰っている。
そして私は父に売られた身、そもそも否やを言える立場でも御座いません。
こうして止むに止まれぬ事情から、私達三人は愛する静子姉さまの死を待つ形となってしまったので御座います。
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