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知っているの
静子姉さまは危ぶまれた冬をどうにか越えて、春を迎えることが出来ました。
幾種類もの櫻の植えられた庭に早咲きの櫻が咲く頃、静子姉さまは時折庭に出たいと仰るようになりました。
屋敷には舶来の車いすが有りましたので、すっかり軽くなってしまわれた御身体をそこに座らせ、押して差し上げると喜んでくださいます。
尤も、晴れた気候の穏やかな時にほんの少ししかお連れすることは出来ませんでしたが。
「ねえ千津。私が死んだら清さんをお願いね」
枝垂れ櫻の近くで静子姉さまからそのように言われて、私はどきりと致しました。
後添えの話は姉さまにはしておりませんでしたから、驚きで胃の腑がきゅうと掴まれたように竦み上がります。
それでも何か言わねばと言葉を探しました。
「……縁起でもないことを仰らないで」
すると姉さまの後ろ頭が小さく揺れて、笑っているのだとわかります。
何故かそれが酷く恐ろしくて、背筋に冷たいものが当たるような心持ちがしました。
「知っているの。千津は私の後添えなのでしょう。そのために此処に行儀見習いに来たのよね」
温度のない平たい声が春の日差しの温度を奪うように私の肝を冷やします。
静子姉さまは細った顎をついと枝垂れ櫻に向けて、小さく呟きました。
「鬼が教えてくれたから、知っているの……千津と清さんが何をしているかも」
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