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ひっと小さく喉が鳴りました。
あれからひと月を過ぎて静子姉さまが回復に向かったことにより私は清さまの妾となったのです。
清さまは私より十三歳離れた三十一歳。
男盛りといった均整の取れた厚い胸に、尖った顎と細めの眉が涼し気な様子の美丈夫。
恋すらしたことのない初心な生娘は、すぐにのぼせました。
清さまは事情も知らされず此処に送り出された私を不憫に思ったのでしょう。
それは大切に扱って下さり、其の事が余計に私をのぼせ上がらせたのです。
私達は幾度も夜を重ね、肌を合わせるうちに互いに情が深くなり……次第に静子姉さまを邪魔に思うようになっておりました。
しかし清さまが妻にと望み、私が姉と慕った相手をそう易易と憎むことは出来ません。
少々厭わしいとは思いつつも、後添えの事も妾の事も口を噤んできたのです。
ですから鬼から教わったというのは、恐らく使用人の誰かが漏らしたので御座いましょう。
「静子姉さま……」
「良いのよ。私が子を産めぬ事がいけないのだもの。この身体では清さんのお相手すら出来ないわ。千津は私の代わりをしてくれているのよね」
その言葉は私の胸に暗い影を落としました。
まるで清さまのお心は自分にあり、私は身体だけ、お世継ぎのためだけに求められているような言い分でしたから。
けれどどうせ先の短いこの櫻のような静子姉さまのお言葉、言わせておこうとぐっと堪えて口を噤みました。
「でも、もしも清さんの心まで奪うつもりなら……私も鬼になるやも知れないわ」
枝垂れ櫻から目を離してこちらを向くお顔はもはや少し前までの美しさなど見る影もなく痩せ衰え、落ち窪んだ眼窩には異様に底光りする眼があり、それはまるで般若のようで……私はぞくりと怖気を震うのでした。
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