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櫻鬼
その年の櫻は早咲きこそ早かったものの後がゆっくりで、何故かあの枝垂れ櫻が長く花を付けていたことを思い出します。
静子姉さまのお加減はまた崩れ、横になった部屋の中から庭の枝垂れ櫻ばかりを御覧になっていらっしゃいました。
「静子姉さま、そんなにあの櫻ばかり御覧になっては本当に鬼に魅入られてしまいますわ」
ふふと笑ったものの、痩せて渇ききった静子姉さまがご覧になっているとまるで本当に鬼に魅入られたようで、心の中では気味が悪くて仕方がありません。
「ねえ千津……私をおぶって櫻を見せてくれないかしら」
お医者さまからはもう回復の見込みはないと聞かされておりましたので、せめて望みを叶えて差し上げようと思いました。
「でしたら車いすをご用意しますから……」
「もう車いすに乗るのも辛いの」
そう言われては仕方ありません。
まるで木乃伊のように痩せこけたお身体ですからきっと私でも背負えるはずと、背を差し出すと静子姉さまが覆いかぶさって来ました。
「姉さま、痛う御座います……」
静子姉さまは痩せ衰えた身体とは到底思えぬ力で私の着物の衿をぐいと引きます。
落ちぬように必死なのかとも思いましたが、そうではありませんでした。
力まかせに引かれた衿がはだけて白い胸が露わになって初めて静子姉さまの目的がわかりました。
きっと私の身体に残る清さまの痕跡を責め立てるおつもりなのだろうと。
事実、私の身体には昨夜交わした愛の証である口吻の痕が幾つもあります。
しかし其のような揉め事は心の臓のご負担になりますし、私としてもこのように弱り果てた姉さまと争いたくは御座いません。
なんとか隠そうと思いましたが時既に遅く、気付くと私は畳の上に投げ出されておりました。
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