プロローグ 崖の上で恋人と

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「……っ!」  ほんの少しの刺激でさえ、今の私には大きく感じる。ふらつく足をなんとか気力で踏ん張ったけど、どうせ落とされるなら意味のない行為かもしれない。 「ケリー、王女を馬車へお連れしろ」 「は!」  もう涙も出ない。昨夜一晩、地下のカビ臭い牢屋で、さんざん泣いてしまった。今はただ、悪い夢を見ているようで、これから自分が死ぬというのに、実感がわかない。  そんな呆然と立ち尽くす私に、カイルは私にしか聞こえない声で囁く。 「……悪く思わないでくれ」  そんな馬鹿な。私は()()()()()()で、聖女としてこの国の瘴気(しょうき)を浄化したじゃないか。あなたと共にいろんな土地に行き、慣れない浄化で熱を出すこともあった。  それなのに、()()()()()()では、みんな私のことを忘れ、聖女の力も、声すらも奪われ、愛するあなたに崖から突き落とされそうになっている。 (でもあなたを悪く思えない。だってこれは、私が呪われてしまったからなんだもの……)  私はそっと瞼を閉じて、カイルとの楽しかった日々を思い出す。どうせ死ぬなら幸せな記憶の中で死にたいわ。  後ろから、ジャリッと地面を踏みしめる音がした。そろそろか。 (昨日、召喚の魔法陣が見えた時は、あなたに会えると思って、あんなに喜んでたのに。今だったら必死に魔法陣から逃げ出すわね)  そんな叶うはずもない妄想に唇を歪めた時。  ドンと強い力で背中を押され、私の体はそのまま谷底へと落ちていった。
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