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「ひっ!?」
淳は、唸りを上げるチェーンソーを握った立花の姿を扉の隙間から見て、軽く悲鳴を発した。
バタン!――と部屋の扉は再び閉じられた。
「オーケー。行こう」
立花はチェーンソーを部屋の壁に押し当てた。
「壁の向こう側の部屋の中にいる淳くんの位置は?」
「大丈夫です」
「よし」
部屋と廊下の仕切りとなっている壁が、たちまちバリバリっと削り落とされていった。
引きこもりの淳の部屋の壁が削り取られ、とても開放的な部屋になった。
「オーケーです。お母さん。これで淳君は部屋の中に引きこもっているという形ではなくなりました」
「で、では、どういう形になったのです?」
「ご覧ください。淳君は、パソコンに向かっている姿を見せるだけになりました!」
これには引きこもりで家族以外の他人と会話することなんて滅多になかった淳が吠えた。
「はああああ? ふふふふふざけるなよっ!! 家壊しやがって!」
「壊したとは? 違うな。リフォームしてやったのさ」
「ああああ?」
「さらにワケがわからんか? では、わかりやすい言葉で伝えよう」
立花は、仕切りがなくなった淳の部屋に入り込んだ。
淳は手をバタバタさせて抵抗した。
「不法侵入だぞ!」
「家に入る許可はお母さんからいただいている。君の部屋は仕切りがなくなったんだから、君の部屋に立ち入り禁止の理屈もなくなった」
「あわわ……」
「聞け、淳君。君は今こそ、殻を破らねばならない」
「か、殻って、なんの?」
「卵の殻だよ。さっきまでのこの部屋は、卵の中だった。君が内側から殻を破って出てこなかったから、私達が乱暴的にでも外側から殻を破らせてもらった」
「こ、この部屋が卵の中だった?」
「うむ」
立花と近藤は同時に言った。
「そうとも」
「気づきなさい」
「な、何をです?」
「君は卵の殻を破れるほど力がある雛鳥だ」
「いつまでも殻の内側にいてはいけない。死んでしまう」
「え? と? 僕、褒められてる? 認められてるの?」
淳は母親の顔を見た。
「そ、そうよ、あっちゃん。あなたは自分で自分の殻を破れる力があったのよ!」
「え? う、うん? そ、そうなんだ」
「あっちゃん!」
「えっと、この流れに乗らないといけない気がしてきた。お、お母さーん」
二人は抱き合い、母親は息子の成長を、息子は母親の愛情を感じ取った。
「これにて、一件落着!」
「あ、ありがとうございます」
「わが社の引きこもり問題解決率、控えめに言って99パーセントです」
こうして『有限会社)便利屋タチバナ』の二人の社員は(その場の勢いだけで)今回も引きこもり問題を解決し、後片付けを済ませて去っていった。
その日の夜。淳の父親が帰って来たので母親は昼間の出来事を報告した。
父親は、半ば唖然としながら感想を漏らした。
「引きこもりの部屋の壁が、卵の殻とは、うまく言ったもんだね」
「ええ。でも、引きこもっていた淳の部屋が外から丸見えになって……」
「嫌がってるのか? まあ、あの子が引きこもりから脱したら壁の修理はするけど」
「あの子のだらしない姿だけが目に付くようになってしまって。そんなの恥ずかしいと思ってもらわないと」
「これは家の壁が全部削り取られそうだね」
淳の卵の殻は、まだまだありそうだった。
<終わり>
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