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「あれ、暁斗、髪切った?」 「うん」  控室に晴之が入って来た瞬間「まじかー」と目を丸くする。  春が来て、暁斗はばっさりと髪を切った。長く伸ばした右の前髪を昔のように短くして、ずっと隠していた傷も見えている。  仕事の時はメイクで隠すけれど、たとえメイクが落ちて誰にみられても平気だった。  いつも耳にかけている左の前髪は撫でつけて、固めて、イメージチェンジ。その分ピアスもよく見える。 「やっぱ暁斗短いの似合うな」 「そう?」 「そうそう」 「晴之さんはだいぶ伸びたよね」 「まあな。だから今日はちょっと結ぼうと思って」 「いいね、可愛いよ」 「だろ?」  ヘアメイクのスタッフも気合いを入れて要望通り二人の髪をセットしていく。  そうしている間にガチャ、とまたドアが開いた。 「おはよ」 「おはようございます」  並んで入って来たのは夕陽と駿也だ。晴之はすぐに振り返り、そして夕陽を見つめて「えっ」と声を上げた。 「暁斗とおそろのアクセ……!」 「うん」  夕陽がふわん、と笑うと、晴之はわなわな震えてメイクスタッフに「こら」と窘められる。 「暁斗、そんな、おまえ、そこは俺と合わせるとこだろ?!」  晴之の視線が再び暁斗に戻ってきて、あはは、と思わず笑ってしまった。 「ごめん、でも今日だけは許してよ」 「っ……お、まえ、おまえなあっ……」  ぐうっと晴之が奥歯を噛みしめて、じとっと見つめてくる。  それでも暁斗は変えるつもりはなかった。  夕陽が暁斗の隣に腰かけて、頬杖をつき、晴之にまた微笑みかける。 「晴之くん、今日だけは許して?」 「あ、んたに言われたくないんですけど!?」 「まあまあ」  晴之の隣に腰かけた駿也が肩を叩く。駿也は夕陽の味方だ。誰も晴之をかばってくれない。  でも、本当に今日だけは許してほしい。  今日は初めてのSolisとVesproの合同ライブの日だった。満開に咲いた桜が舞い散る中、あの時とはまた違う野外ステージで四人で一つのライブを作る。  暁斗がこの日をどれだけ楽しみにしていたか晴之は知っている。だから暁斗にねだられたら断れない。 「ったく、今日だけだからな」 「ん、ありがとう、晴之さん」  こつん、と肩をぶつけたら、隣に座っていた夕陽がじっとこちらを見つめてきて「暁斗」と晴之に苦笑される。 「ごめん、うちの兄さんが」 「うちの兄さんが、なに?」  微笑みは崩さないまま、夕陽がぴしゃりと問いただす。暁斗はあわてて「なんでもないよっ」と言い返した。  このライブが実現したのはクリスマスのライブを見た二つのユニットのファンの声と、それを拾い上げたEテレビのプロデューサーの力だった。  失敗に終わるかもしれなかった舞台。そこで繰り広げられたまるで予め仕組まれていたような演出。ぴたりと合わさった歯車のように重なる歌声とステップにたくさんのファンが魅了された。  オファーから企画進行はあっという間で、合同での打ち合わせやレッスンを何度も繰り返し、今日に至る。  衣装は春先の温かさ、明るさに合わせてクリスマスライブで着ていたものとはがらりと変わった。  Solisは白を基調として空色と太陽をイメージした淡いイエローとオレンジが散りばめられている。挿し色で濃紺のインナー。上着は薄手のパーカー。動きやすいラフな衣装だ。  それに対してVesproは黒をベースにして夕暮れをイメージした赤からオレンジが挿し色として使われている。上着はジャケットタイプで、インナーはYシャツに赤いネクタイ、ズボンは体にフィットしたタイトなものだ。  そして夕陽と暁斗の耳元には揃いのピアス、手首にはずっと机にしまいこんでいたあの時のブレスレットが光っている。晴之にやきもちを妬くなという方が難しい話だ。  それでも晴之は許してくれた。今日だけ特別だから、と。そのかわり、ステージ上では遠慮しないと自ら振りつけを考えた。  四人でライブの準備をするのは楽しくてしかたがなかった。どんなに忙しくても苦にはならなかった。  自己管理は夕陽にも母にも口酸っぱく指導され、体調もまったく問題ない。 「今までで一番、楽しくやれると思う」  ステージの裏で暁斗がそう告げれば晴之も大きく頷いた。 「俺もだ、何時間だって歌っていられる気がする」  隣に並んで駿也が笑う。 「何時間もできれば楽しいけどな。終わりは来る。だから、楽しく、うまく、やってやろう」  注がれた視線を受け止めて夕陽が笑う。 「負けない」 「俺も、負けないよ、兄さん」  隣に並んでステージに立てることが何よりの幸福で、夢のようで、でも夢にしないと思える。 「兄さんを笑顔にするのは、俺だから」 「ん、そうだね。そうだよ」  幸せをめいっぱいにかき集めて、夕陽が笑う。  袖から見渡したステージの向こう側にはいくつものひかりが溢れて暁斗たちを待っている。  幼い頃、夜明けのひかりに包まれながら願った。いつか、夕陽を自分の歌で幸せにするのだと。  ひかりさすステージが、ずっと暁斗が望んだ場所だった。  二人だけのものじゃない。みんなに愛される夕陽を誰よりも幸せにするのだと、暁斗はなんども心に刻み込む。 おしまい
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