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 この秋に発売になるSolisの新曲も夏の曲に続き、CMのタイアップとして採用されることが決まっている。 「〝恋するチョコレート〟ね、面白そうじゃん」 「俺、ちゃんとできるかな……」  楽しみでたまらない、と挑戦的な笑みを見せた晴之に対し暁斗は不安の色を浮かべる。 新曲発売に向けての打ち合わせで砂岡と三人事務所に集まり砂岡がタイアップについて説明してくれたのだが、今回は単純に曲が使われるだけではなくCMそのものに二人が出演することになっている。それもあって砂岡もやる気に満ち溢れ、めずらしく声高に「大丈夫ですよっ」と暁斗の肩を叩いた。 「なにを根拠にそんな……」 「逆に暁斗はなにをそんなに心配してんだ?べつに〝恋する〟っつーテーマってだけで、実際俺たちが恋してることを望んでるわけでもないし、俺たちが恋させるのはファンだろ?」 「う……」 「なんだよ」  当然のように言い放った晴之に暁斗は「はあ」と大きなため息をついた。 「なんっで晴之さんはナチュラルにそういうかっこつけたことをかっこつけてると思わせず言っちゃうかな」 「ん?まあ俺だからな」 「その意気ですよ!晴之くん!」 「……はは……」  苦笑はしたが、晴之の言葉は正しいと思った。〝恋〟という自分には未知のジャンルで戸惑いはあったが、アイドルという仕事そのものが恋を届けるもので、大好きをファンに伝えよう、と考えればすとんっと心に落ちてくる。 「うん、なんとなくできるような気がしてきた」 「ははっ、暁斗はほんっとファンのこと大好きだよな」 「うん、だって俺をアイドルでいさせてくれるのはファンの子達だし、みんなのためだって思ったら頑張れるよ」 「おいおい、アイドルでいさせる、の中に俺もいるだろ?」 「え、ああ、うんそれはもちろん」 「あとづけかよっ」  ふはっと晴之が噴き出して「暁斗くんも強くなりましたね~」と笑っている。 「それと、今回はVesproと新曲発売のタイミングが被るから、負けられねーってのもあるよな」 「そうだね」  向かいで砂岡もうんうんと激しく頷いている。  Vesproは今年結成五周年で、その記念として夏にも新曲を出したが、十一月末のツアーファイナルに合わせてもう一曲新曲を発売することになっている。ツアーの日程から考えてSolisの新曲発売と時期が重なることはほぼ確定していた。  夕陽と離れて二週間ほど。夕陽から連絡があったのは一度。暁斗の誕生日のことだった。最初に電話がかかってきて、でも仕事をしている間のことで不在着信の履歴が残っていた。そしてメッセージアプリを開いてみれば通知がひとつ。 ーー『暁斗、誕生日おめでとう。今度、きちんとお祝いさせて』  たった二言送られてきたメッセージ。夕陽はどんな想いでこの文章を送ったのだろう。しばらく見つめて、暁斗は『ありがとう』としか返すことができなかった。  十月も折り返しになり、夕陽はツアーで福岡にいるはずだ。今思えば、無理に距離をとろうとしなくても度重なる遠征と合間のドラマ撮影というハードスケジュールで夕陽と顔を合わせることなどほとんどなかったかもしれない。でも、きちんと線引きをして距離をとったことで気持ちがある程度落ち着いたのは事実だ。決して整理ができたわけではなかったが、気まずさはいくらか軽減され、ドラマ以外は夕陽の出演する番組も日常的に観るようになった。たいてい一緒に晴之が観ているというのもあるかもしれない。気が紛れて、仕事の勉強として、仕事の先輩として夕陽を見ることができた。だからこそ、この冬に新曲発売が重なることも真正面から受け止めることができる。  まだまだ夕陽の方がアイドルとしてはずっと先輩なのは変わらない。でも、同じ土俵で自分の想いを歌に乗せられる、というのは純粋に楽しみだった。 「それと、今回は振り付けに関してもこちらから案出しをしてほしい、という話もあるので、いろいろな意味でチャレンジだな、と思いますね」 「ああ、プロデューサーがどうも俺達のことだいぶ気に入ってくれてるらしいからな」  ふんす、と砂岡は鼻息荒く語り、晴之も頷く。 「ありがたいですよね、俺達まだまだ新人なのに」 「新人なのに~って俺達ももう一年やってんだぞ?!」 「はは、うん、そうだね。でも実感わかなくて」 「ファンレター毎週嘘みたいな数もらっといて、握手会でも好きすぎて泣かれて、ライブグッズは毎度完売で、それでも実感ないって?」 「あー……はは、ごめん、実感ある」 「だよな、安心した」  新人なのに、が謙遜で、言い訳であることなどわかっている。ファンは確実に増えていて、一番Solisが好きなのだと、一番暁斗が好きなのだと言ってくれるファンもいる。嬉しくて、ありがたくて、どうやって気持ちを返していこうかと焦る。でも、そんな暁斗に晴之は自信に満ちた声で語りかける。 「打倒兄ちゃん、ぐらいの気持ちでいたらいいだろ。俺達は負けてないよ」 「うん」 「あと、俺も今回は試したいこともいろいろあるから」 「え、そうなんだ」  ちょうどその時砂岡のスマートフォンが鳴り、席を外した。  晴之はそのタイミングを待っていましたとばかりに暁斗の肩をがっと引き寄せて耳打ちした。 「暁斗、俺達のファンが、俺達の絡みが好きだってのはわかってるよな」 「え、ああ、うん」  もちろん晴之単体や暁斗単体で推している、というファンもいる。でも、それ以上に二人セットで、と望んでいるファンが多い。砂岡には活動を始めて半年たった頃に言われた。所謂BL営業をすることも多々あるだろうと。暁斗は始めベーコンレタスのことかと首を傾げて晴之を呆れさせ、きちんと説明を受けて納得し、今に至る。言葉で聞いていたから一年を通してそういう希望を抱いたファンが実際にいて、ライブで手を繋いだり、抱きしめたり、抱え上げたり、そういうファンサービスをした時の反応の大きさに驚き、実感した。  求められていることは案外不快なものではなかったし、晴之に対しては一人の男として、アイドルとして憧れてもいたから抵抗感もなかった。  でも、今更それが?とまた首を傾げる暁斗に晴之は囁いた。 「そこで、だ暁斗。おまえばっかり複雑な想いをしてるってのも不公平だろ」 「え?なんの話」 「兄ちゃんのことに決まってんだろ」 「ええ……?」  そこでどうして夕陽の話が、と思考が停止し、晴之の「見せつけてやるんだよ」と楽しそうな声にどくどくと心臓が脈打ち始める。 「ショック療法とも言うな」 「ショック療法って……」  どうりで砂岡が席を外したタイミングで話し始めるはずだ。  面白がられているのか、とも思ったが、晴之の瞳は至って真剣そのものだった。 「兄さんを、困らせたいわけじゃないよ」  むしろ、こんな想いを知られたくなくて、隠したくて迷惑をかけたくなくて必死なのに。  でも、晴之は譲らなかった。 「今のままじゃ、おまえはずっと兄ちゃんと離れたまんまだよ。そんなの嫌だろ?だったら、自分から動くしかない。黙って抱え込んでるより、いっそ仕事で昇華する。ずっとおまえはそうやってきただろ、暁斗」 「……晴之さん……」  力強い声が、想いのこもった瞳が暁斗をとらえる。  なにか変わるかもしれない。ずっと知りたいと思っていた夕陽の気持ちが少しでもわかるかもしれない。  晴之の想いと、わずかな期待と、現状を打開したいという願い。すべてが重なって、暁斗はゆっくりと頷いた。    ◇◇◇  次に夕陽と顔を合わせたのは十一月中旬の話。生出演の音楽番組でCMのタイアップ開始直前のSolisとツアーファイナル直前のVesproが互いに新曲を最速公開する場所となった。  夕陽とは互いに忙しいこともあり、この一か月は時折互いの近況をメッセージで報告し合う程度にとどまり、昨日も『明日はお互い頑張ろうね』というメッセージに『楽しみにしてる』と返しただけだった。  夕陽が歌うのを聴くのも久しぶりのことで緊張と期待で胸の中がはちきれそうだ。 「なあ、暁斗、今日俺めちゃくちゃうまくやれる気がする」  控室を出る直前、晴之は今からいたずらでもしようとする子どもみたいに無邪気に笑う。 「はは、晴之さんうまくできないことなんてないじゃん」 「まーな。でも、そういう暁斗も今日はなんかよさそうだよな」 「……うーん、どうかな。でも、やれることはぜんぶやったから。あとは兄さんがどんな反応するか気になって、そわそわしてる」 「ははっ、正直なやつ。大好きだよ、そういうとこ」  晴之がぎゅうっと抱きついてくる。優しさと温かさの滲んだ抱擁。元気づけられる。 「仲良しなんだな」 「え……」  完全に二人きりだと思っていた部屋の入口から声が届いてどくんっと心臓が飛び跳ねた。 「ノックはしたからな」 「あー、どうも」  コンコンっともう一度叩くふりをして、声の主、Vesproの駿也がドアにもたれて立っていた。そしてその後ろから夕陽が姿を現す。二人と共演することは今迄にもあったが、こうしてわざわざ楽屋までやってくるのは初めてのことだった。 「挨拶、しておこうかなと思って」 「本来なら君らの方から来るべきなんだからな」  低くてよく通る声がぴしゃりと言い放ち、晴之が苦笑して「すんません」と素直に謝る。それに対して夕陽が気まずそうに苦笑して駿也の肩を叩いた。 「こら、威圧しない」 「はは、冗談だよ。二人とも面白い顔」 「いや、からかうのもほどほどにしてくださいよ、先輩」 「んー、考えとく」  ひらりと手を振って駿也は出て行ってしまった。後に残った夕陽が晴之と暁斗を順番にじっと見つめて「ごめんね」と謝った。 「いや、まじで挨拶に行くべきだったのは俺達なのでいいんですよ」 「晴之くん、優しいね」 「そりゃ、どうも。弟さん、お預かりしてますんで」 「……うん、よろしく」  最後に小さく頭をさげて夕陽は去って行った。結局暁斗と言葉を交わすことはなかった。正確に言えば晴之が間に挟まっていたから視線もきちんと合わなかった。 「暁斗、話したかった?」 「いや、大丈夫」 「それならよかった」  晴之の気遣いなのだということはわかっていた。たとえ心の準備をしてきたとはいえ、夕陽への想いが整理できたわけではない。まだうまく隠すことができるとも思っていない。  今できるのは、このあと最高のパフォーマンスを届けること。 「でもさ」  ぐっと拳を握った直後、晴之が振り返ってくすっと笑った。 「なに?」 「ブラコンなの、暁斗だけじゃないって今の一瞬だけでわかったんだけど」 「えっ……」  くくっと喉を鳴らし、晴之はどんどん笑みを深くする。 「俄然楽しみになってきた」  無邪気な子どものように楽しそうにする晴之に、なんと返していいのかわからなかった。  いったい、夕陽はどんな顔をしていたのか。きちんとこの目で確かめればよかった。 心のどこかで、夕陽は暁斗のどんな姿を見ても、ただの兄で、それだけでしかなくて、それ以上でもそれ以下でもないのだと思い込んでいた。でも、もしかしたらそれは思い込みだった?  夕陽の心が知りたい。暁斗の願いは変わらない。
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