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「二人はほんとに仲が良さそうだよね」  音楽番組の司会者の男性がぽんっとなにげなく振って来た話題。カメラはぐんっと晴之と暁斗に寄せられる。晴之はにっと笑ってマイクを握った。 「実は今一緒に住んでんだよな?」 「え、そうなの?」 「……はい、そうです」  まさかその話を振られるとは思わず一瞬どきりとしたが、暁斗も勢いで頷いてしまった。観覧席はざわついて色めき立っているのがわかる。まあ、決して悪いことをしているわけでもないのだからいいのだろう。 「なんで二人で暮らそうってことになったの?」 「新曲発売に合わせて、お互いの生活を知って、二人でたくさん話し合おうって思ったからですね」 「へえ、そこまでするんだ」 「晴之さんが誘ってくれて、僕が晴之さんの家でお世話になってるんです。二人暮らし、思ったより楽しくて」 「そうそう、今まで知らなかった一面も見られて」 「ふうん?どんな?」  司会も期待に満ちた瞳で見つめてくる。晴之は事前に考えておきましたとでも言わんばかりにすらすらと言葉を続ける。 「や、それがもう暁斗ってめちゃくちゃ可愛いんですよ。朝寝癖でアホ毛がぴょーんって出てて、それ直すために三十分ぐらい鏡の前で格闘してたんですよ」 「晴之さんだって寝癖あるだろ」 「いや、暁斗の方がすごいじゃん」  晴之が暁斗の髪の毛を撫でれば、観覧席から、ひゃっと女の子の声がいくつも聞こえてきた。司会の男性も「あはは、ほんとに仲良しだ」と声を立てて笑っている。十分盛り上げただろうと晴之も満足顔だ。  キリのよさもありそこでステージへの移動を促され二人で席を立った。後ろに控えている夕陽の様子を見ることはかなわなかったが、ステージに上がる直前、晴之が耳打ちをしてきた。 「暁斗、兄ちゃん怒ると無表情になるタイプ?」 「え?」  今にも声に出して笑い出しそうな晴之の様子に暁斗は思わずゲスト席へ視線を向けた。その瞬間、ばちんっと夕陽と視線が合ったが、夕陽はゆるく微笑んだまま、ただじっとこちらを見つめていた。  無表情……?あれが……?  夕陽が表情をなくすところなんて見たことがなかった。暁斗の前で夕陽はいつもくるくると表情を変える。だからこそ優しく、穏やかに微笑む夕陽が好きだった。  夕陽が表情をなくす?気になってしかたがなかったが、ステージの照明がぐっと落とされ、はっと我に返る。今すべきことはたったひとつだ。  呼吸を沈めて向かい合わせになった晴之を見つめれば、ばちんっとウィンクを飛ばされて、あんまり楽しそうで可笑しくて、力みが取れた。  刹那、照明が一気に明るくなりイントロが流れ始める。アップテンポな曲調と明るいメロディ、それに合わせて踏むステップ。歌い始めたその時にはスタジオ内の視線は二人に釘付けになっている。  恋するチョコレート、そのテーマにふさわしく、真っ白なステージに数えきれないほどの赤やピンクのハートのバルーンが溢れている。赤い糸をイメージしたリボンがステージにも衣装にも散りばめられ、振り付けの中でも指を絡めて約束をする。  サビでは二人の距離がもっとも近くなり、抱き寄せ合って肌に触れるぎりぎりのところで離れていく。間奏に入れば一人一人左右に別れ、観覧席に向かってファンサービスで投げキスを飛ばし、スタジオの中がファンの熱気と好きの感情で溢れていく。  暁斗も晴之も一瞬のズレもない。もう一度互いに引き寄せ合い、ラストは背中合わせで締めくくられた。  曲が鳴りやんだ瞬間、目の前のファンからの大きな歓声と一人ひとりの「大好き」「愛してる」そんな声が何度も、なんども飛んでくる。  やりきった、と思った。そして、夕陽はどうしているだろうか、とも思い視線を移動させようとしたその時だった。 「暁斗、仕上げだ」 「え……――っ」  刹那の沈黙のそのあと、スタジオ中に絶叫にも似た声が溢れかえった。一瞬何が起きたのかわからなくて呆然とする。でも、晴之のしてやったりという笑みで事態を把握した。  キスをされたのだ、頬に。なんの打ち合わせもしていなかったのに。掌で触れると、確かにそこには晴之の唇の感触が残っている。 「ほら、はけるぞ」 「あ、え、うんっ」  ぐいっと晴之に手を引っ張られ、ステージを後にする。夕陽の反応を見る余裕などありはしなかった。舞台裏にきてようやく思考が追い付き、暁斗は晴之に詰め寄った。 「晴之さんっ、あそこまでするって聞いてない!」 「言ってなかったからな」 「いや、言ってなかったからなって……」  呆れて頭を抱える暁斗の頭を晴之はいつも以上にくしゃくしゃにかきまぜた。 「わっ、もうなに?!セット崩れるっ」 「暁斗、やったな」 「え……?」  なにがやったな、なのか。顔を上げれば晴之のきらきらした瞳に見つめられ、はっと息を飲んだ。そこに込められたのは優しさだ。 「暁斗、ぜったいアレ、兄ちゃんやきもちやいてるよ」 「え……」 「すっげえ顔してた。今にも俺に食い掛かりたいのを必死にこらえて、見えないとこで駿也さんにセーブ掛けられてた」 「え、っと……晴之さん?」  晴之の言いたいことははっきりしているはずなのに、うまく咀嚼できない。だって、そんなの、つまり……。  暁斗の心を見透かすように晴之はくしゃりと笑った。 「なあ、暁斗、おまえ兄ちゃんのこと、ただの兄ちゃんだって思ってないよな」 「え……」  歌いきってようやく落ち着いてきた心臓が、どくんっ、どくんっと大きく跳ねる。頬を一筋冷たい汗が流れ落ちていった。
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