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 新曲、新しい振り付け、生出演、あらゆる要素が加わり、晴之が言っていたとおりうまくやれた、と思う。もとから楽しそうな仕事だと思っていたし、挑戦だと奮起していた。でも、いざ夕陽を目の前にしてしまうと夕陽の心がわかるかもしれないと期待を抱いてしまっていたのも事実だ。  ただ、ステージが終わるその時まで暁斗の頭の中はやりきるんだという気持ちでいっぱいだった。真面目すぎるとよく晴之に苦笑されるが、真面目に楽しむことは決して悪くないことで晴之もそれをわかっていて一緒に楽しんでくれる。  だから、やりきったと思った瞬間晴之にしかけられて頭が真っ白になった。夕陽の顔をまともに見ることもできず、その上晴之に投げかけられた問いに言葉を詰まらせた。  呆然とする暁斗を晴之は引っ張ってゲスト席まで連れ帰った。  ――あとで、またな。  戻る直前、晴之が告げた一言が〝逃げるな〟という意図を孕んでいることぐらいわかっていた。動揺する暁斗に晴之は「ごめん」と一言謝り、それからステージへと視線を促した。  暁斗が顔を上げると、ステージの上には夕陽と駿也が立っていた。  生で見る夕陽のステージは本当に久しぶりだった。  すっげえ顔してた、なんて晴之に言わせていたが、ステージ上での夕陽は凪いだ表情をしている。曲の始まりに合わせて視線を上げた瞬間、スタジオ内は静寂に包まれた。  新曲はバラードで、片想いの恋の歌だった。Solisの曲とは対照的に淡い空色から紫のライトが降り注ぐステージで静かに、しっとりと、そして艶っぽく二人は歌った。指先の動きからわずかな視線の誘導までぴったりと重なり、寸分たがわぬ二つの声に心を揺さぶられる。  二人の視線がひとつになり、じっと見つめ合う数秒に息を飲んだ。  夕陽の声が好き、夕陽の歌が好き、アイドルをしている夕陽に何度となく心を奪われる。  それと同時に隣に並ぶ駿也の姿に〝相性がいい〟と夕陽が言っていたことを想い出した。  正直、嫉妬した。暁斗には駿也のような恵まれた体躯もなければ夕陽の声を包み込んで支えるような声もない。  幾度誘われてもライブに行かなかったのは自分の心と向き合うことができないと思っていたからだと思い知らされる。悔しかった。 「かっけーな」  ぼそり、と暁斗にしか聞こえないほどの小さな声で晴之がつぶやいた。晴之だけではない、会場中の心を一つにしてしまう、二人のパフォーマンスは圧倒的だった。  夕陽が好きで、好きで、しかたがないのだと、ずっと声を聞きたくて歌を聞きたくてたまらなかったのだと思い出してしまった。  俯く暁斗の背中を晴之がそうっと静かに撫でる。誰も皆、夕陽と駿也に夢中で一途だった。    ◇◇◇ 「ごめん」  晴之の家に戻ってきて、初めに声を発したのは暁斗だった。もとから打ち上げ兼反省会は晴之の家ですることになっていて、二人とも風呂もすませてからの話だ。  持ち帰って来たデリを目の前にして晴之は缶ビール片手に苦笑する。 「なんで謝るんだよ」 「だって、晴之さんは俺の気持ちに気付いてるんだよね」 「それが?」 「それが、って……」  家族であり兄である夕陽を、ただの兄以上に想っている。普通ではないと晴之は気付いている。それならば謝るしか暁斗には思いつかなかった。 「本当に血の繋がった兄さんを、家族以上に想ってる。晴之さんの家に最初に泊まらせてもらったあの日、〝複雑な気持ち〟って言ったのが……その……ただ気まずかっただけじゃなくて、そういう表情や声や仕草をする兄さんに、よく、じょう、して……俺は……自分の体が……おさえられなくて……。でも、そんなこと言えなくて、隠してた。こんな普通じゃないこと、気持ち悪いって思われてもしかたない。だから、ごめん」  泣きそうだった。隠したくて、恥ずかしくて、申し訳なくて、瞼が熱い。晴之の瞳をまっすぐ見つめることができなかった。  カーペットの上で膝を抱えて俯く暁斗に晴之は肩を寄せ、ぽんっと頭を撫でる。 「それで、どうして謝る必要があるんだよ。俺は暁斗の味方なのに」 「晴之さん……」 「そもそも、俺最初に言われた時からわかってたよ。つーか、暁斗のことこの世界に誘った時から、なんとなく気づいてた気はする」 「……そんな」  ドラマの話をした時どころか、初めから……? 「だって、暁斗最初からずーっと兄ちゃんのことしか見てなかったし。そういう顔とか、声とか、一緒にいればいるほどわかったよ」 「う……なにそれ、恥ずかしすぎるっ」 「なにを今更」  はは、と晴之は明るく笑い飛ばす。申し訳なさではなく今度は羞恥でまともに顔が見られない。でも晴之はそんなのお構いなしで、暁斗の髪をまたくしゃくしゃに撫でた。 「べつにいいだろ、兄ちゃんが好きでも。男同士って話ならモデル仲間にもいるし、昔からの友人にもいる。誰が誰を好きになるか、誰を一番特別だと思うかなんて、他人が決めていいことじゃない。つーか、暁斗は俺がそんなことでおまえのことを気持ち悪いなんて思うと思ってたのか……?正直ショックなんだけど」 「……そんな、こと言われても……」  晴之は優しい。たぶん、暁斗にはとくべつ。弟みたいだ、と可愛がってもくれるし世話を焼きたがる。でも、だからと言って受け入れてもらえるなんて思っていなかった。 「まあ、今日のは俺もちょっとやりすぎたかもだけど、暁斗のこと応援してるし、暁斗見てるとじれったくて、なにかせずにいられないんだよな」 「晴之さん、ほんとお節介だよね」 「こら、受け入れられたと思ったからって可愛くないことを言うのはこの口かっ」 「うっ、ごめんにゃはいっ」  晴之の大きな掌に頬を掴まれて変な声が出る。晴之は「うはは」と楽しそうに笑ってもう一度ぽんっと暁斗の頭に手を乗せた。 「暁斗、俺は頑張ってるおまえのことが可愛くてしょうがないから応援したい。だから、これからはなんでも話せよ」 「……うん」  ぐりぐり、と頭を好きなだけ撫でまわされて、二人で改めて乾杯をした。 「でさー、やっぱおまえの兄ちゃん、おまえのこと同じように好きだと思うんだよね」 「ぶはっ……」 「噴き出すなって」  口からこぼれそうになったココアをぎりぎり口で押さえてティッシュを手繰り寄せる。  まだ缶ビール一本しか開けていないのに晴之はもう酔っぱらっているらしい。 「しみじみ、みたいに言わないでよ」 「だって、俺にはそうとしか思えねーんだもん」  ソファにくったりともたれかかり、ちびちびと二本目の缶ビールを飲みながら晴之は語る。 「ブラコンっつっても限度があるだろ?……いや、悪い意味じゃなくて。なんつーか、暁斗のことが可愛くてかわいくてしょうがねーんだなーって思って」 「……俺が言うのもなんだけど……兄さんは割と昔からかなり過保護だし、そういう意味では最初から全然普通じゃなかったと思うよ」 「そうなん?」 「うん」  晴之にまだ話していなかった昔のことを話した。  二人でひとつのように仲良く育ってきたこと。二人でアイドルに憧れていたこと。夕陽が先にモデルになり、トラブルがあって暁斗が巻き込まれたこと。もとから自分のことは後回しだった夕陽が、あの日をきっかけにますます自分をおさえるようになったこと。それでも、暁斗が望んで、背中を押して、アイドルになったこと。  晴之はすべてを聞き終えてから「はあ~」と長いため息をついた。 「兄弟そろって愛が重すぎるな」 「愛……」 「そうだろ。もう正直〝普通かどうか〟なんて、簡単に推し量れねーよ。確かに暁斗と兄ちゃんはお互い想い合ってて、それはもう今に始まった話じゃない。でも、暁斗は自分だけが変わったって思ってるんだよな」 「……うん。だって、兄さんは変わらない。晴之さんは兄さんが怒ってる、とか、妬いてるって言うけど、あの人本当に過保護だから、それが昔から見てきた兄さんと何が違うかって言われても俺にはわからないよ」 「まあ、暁斗は実際に見てないしな。でも、他人にしかわからないこともあると思うけど?」 「それは……そう、なのかな」  普通じゃない、自分が変わってしまったのだと、自分だけ違うのだと申し訳なさに押しつぶされそうになっていた。でも、それが夕陽も同じなのか、そんなことはわからない。夕陽の心をどうしたって掴めない。 「いずれにせよ、そんなに大事なら手放すなって話だな」 「……うん」  置いて行かれた、と暁斗は思った。あんなに大事にされていたのに、今だって大事にされているのに、突き離されたことが忘れられない。  暁斗の母の怪我をきっかけに突然訪れた二人暮らしも、もうじき母が退院することで終わってしまう。つい数日前に退院日も決まったところだった。母が戻ってくれば暁斗は夕陽の家にいる理由がなくなる。 「暁斗はどうしたい?」 「……兄さんと、一緒にいたい……」 「自分の気持ちはどうするんだ?」 「押し付けたくない、困らせたくない。だから、隠しておくしかない」 「兄ちゃんも同じかもしれないのに?」 「っ……でも、もし違ったとき、どんな顔をされるのか、想像しただけでこわいよ」 「……そっか」  夕陽の心を知りたい。でも、知ったところでどうなるのか。踏み込もうとすれば自分の想いを知られるかもしれない。隠し通せないかもしれない。 「でも、一度兄ちゃんときちんと話せよ、実家に帰る前に荷物も取りに行くんだろ」 「……うん」  なにを話せばいいのかはわからない。でも今のままではどうにもならないことはわかる。  時々でもいいから、家に帰って来てほしい。たまにでもいいから一緒に過ごしてほしい。それぐらい許されるだろうか。 「大丈夫だよ、暁斗。くじけたら俺が慰めてやる」 「ん、ありがとう」  珍しく素直に晴之に甘えることができた。
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