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『我々にあだ名をくだサイ』
いつもの帰り道に監視者の淡々とした声が響きます。
あまりに唐突な話。おかげで私は本気なのか冗談なのか読み取れず、小夜への意識がそれてしまいました。
当の小夜は頬を紅潮させ、桜の花びらを踏みしめています。
今日もまた桐生のグループに加わり、何をするわけでもなくついてまわっているだけでした。
それでも笑顔が増えたように見えるのは喜ばしいことではあります。
ただ、小夜の足取りが軽い時は気分が高揚している証。周りが見えていない可能性も大いにーー。
「……っ!」
『おっと』
案の定、小夜がつまづいてしまったので咄嗟に全身で支えてあげます。
『帰り道はいつも足元をしっかり見て歩く貴方が、らしくありませんよ』
思わず、口をついて出てしまいました。
当然ながら小夜には伝わらないでしょう。
倒れかけた時にたまたまバランスが取れて、運よく踏みとどまった、くらいにしか感じていないはずです。
『……我々を無視しましたネ』
ずいっと目の前いっぱいに、監視者が寄ってきました。不満そうな声で私を咎めてきます。
『守護を真面目にするのは結構ですがネェ……』
『いきなりどうされたのですか。私は任務中なのですが』
『でしたら、これも任務デス』
……そう言われてしまっては、こちらは何も言えません。
『任務なら仕方がありません。ですが、どうしてあだ名が欲しいのですか』
『だって、ヒトたちはお互いにをつけるでショウ? 「小夜」だってそうデス。我々なんて「集合的無意識」とか「監視者」ですヨ、物寂しくないデスカ?』
『別にそんなこと思いません。というか、それが名前でしょう?』
『これは種族名デス。お互いを「ヒト」って呼んでいる人間を見たことありマスカ?』
『ないですね』
あったとしたら、ずいぶん滑稽な景色に見えることでしょう。
『そうでショウ。「監視者」なんてただの役職デス。アナタたちに個体識別名があるのか知りませんが、少なくとも我々にはアリマセン。不公平デス。他生命達との平等な権利を主張シマス』
『ああ、えっと……』
返す言葉が思いつきません。
早口でまくし立ててくるこの存在とは関わりたくない、と心の奥底で思ってしまいます。
単語の意味は理解できるのに、なぜか意味が分からないのです。
……元は私も監視者の一部で、同じ存在であったはずです。なのに、この忌避感は何なのでしょう。
それはとても説明しがたい、気持ちの悪いものでした。
『私に言われても困ります。自分で自由に決めれば良いのではないですか?』
『あだ名は、自己以外に共有認知されるからこそ意味があるのデス。「自称」なんて悲しいだけですヨ』
私の首元にまとわりつく監視者を、『いやン』と抵抗するのも無視して引き剥がします。
存在自体がヒトの無意識の集合体であるくせに、アイデンティティを求めるこの存在は何なのでしょう?
……いや、ヒトの無意識だからこそ、求めるものもあるのでしょうか。
矛盾という言葉が、私の頭の中に浮かびました。
ヒトの守護というシステムのもとに築かれた私のライブラリには、既にエラーが折り重なり始めています。
どうすれば解決できるのでしょうか。
それとも私が理解できていないだけで、それが正常なのでしょうか。
とにかく、小夜の成長段階は次のステップに移行しつつあります。
私だけが置いていかれるようなことがあってはいけません。
小夜の行動をつぶさに観察する必要があります。
それ故に私は『考えておきます』と適当な相槌で済ませておきました。
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