2.一人じゃ何もできないくせに

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「さーちゃん、おっはよー!」 「あ、ちょ、ちょっと……」  小夜よりも一回り小柄な桐生は、その小ささに似合わないほどよく通る声の持ち主です。  ゆえに小夜は、顔を真っ赤にして桐生の元へ駆けよるのが毎朝の日課になっていました。  流石の小夜でも、みんなの前で「さーちゃん」呼びされて無表情という訳にはいかないようです。  桐生に誘われて以来、小夜は学校に来ると必ず桐生のグループに入っていました。  独りでなくなった小夜の背中に、私としてはホッとするやら違和感があるやらで複雑です。  とはいっても小夜は桐生たちの話を一方的に聞いて相槌を打つばかり。本人はあまり変わっていないとも言えますが。 「1組の担任がさぁ……」 「う、うん」  桐生の笑いかけに必死に応じる小夜は、どこか余裕のない印象を覚えます。  横の机をガタガタ揺らしながら近付く人影にも気付いていないようでした。 「よお、桐生さん。今日も中原さんと一緒なのか?」  声の主はクラスの一番後ろの席でいつも居眠りをしている男子――確か、春日と呼ばれていた気がします。 「すげえな。あの中原さんだぜ?」  ぴくりと小夜が反応し、すぐに桐生が立ち上がります。 「春日くん? そう言う言い方、良くないと思うよ」 「悪いことなんて言ってねーじゃん。お前ジイシキカジョウだな!」  へらへらと笑う春日に、桐生の取り巻きたちも立ち上がって抗議の声を上げます。  ですが、春日は態度を改めません。 「ええー、だって中原が喋ってるとこみたことねーもん」 「そんなことないよ!」「そうよ、中原さんに謝って」 『あーあ、また始まりましたね……』  春日という少年は、毎日のように桐生を逆なでする言葉を掛けては、この集団と言い合いをしている気がします。  桐生も無視すればいいのに、毎回相手をするのだから困ったものですね。 「あの、もういいので……」 「うわー、喋ったぁ!」  耐えきれなくなって小夜が口を開くと、春日と野次馬たちが一斉に盛りあがって駆けていってしまいました。  これも日課です。 「男子ってホント馬鹿よね」「ねー」  桐生の呆れたような声に取り巻きたちが頷いて、小夜の顔はどんどん下を向いていきます。  当初、春日は小夜をいじめる嫌な奴だと思っていました。  ですが、ちょっと小夜から意識を離せば、春日が窓ガラスの向こう側でチラチラこちらを見ているのに気づきます。  昨日も、一昨日も。  それらがコミュニケーションの一種だと解釈していますが……。 『この春日という少年の言動に、小夜は気が付いているのでしょうか』 『さあ、少なくとも全く認知していないわけではなさそうですけどネ』  小夜は、春日がいなくなって桐生たちの会話がひと段落着いたのにホッとしたのか、ようやく顔を上げて相槌を打ち始めました。 「ねえねえ、さーちゃんって、何人兄弟なの?」 「あ、ええと、お兄ちゃんが一人……かな?」 「え、お兄ちゃんいるんだ」「マジか」  桐生の取り巻きがそんな声を上げ、桐生からも羨望の眼差しが向けられます。 「うらやましいなあ。私なんて一人っ子だから。兄ちゃんか弟が欲しかったよ。楽しいでしょ?」 「そ、そんな。うらやましがられることは無いと思うけど……」  小夜はそんな眼差しから逃げるように、遠くを眺めました。 「それは兄弟がいるから言えることだよ」 「うちも居るけど」 「あんた妹は面倒って言ってたじゃん」  取り巻きの言葉に桐生が突っ込むと、「そりゃねぇ」と笑い声が上がります。  対して小夜は〝妹〟という単語にびくりと背中を振るわせました。 「兄弟いたら、話し相手になってくれて楽しいでしょ?」 「まあ……ね」  小夜は歯切れの悪い返しをし、桐生が首を傾げました。 「もしかして……お兄ちゃんと仲が良くないの?」 「いやいや、まさか!」
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