2.一人じゃ何もできないくせに

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 季節が巡るのは早いもので、小夜は六年生になろうとしていました。  朝早く訪れた駅の改札は、まるで川の流れのように人が改札口から出入りしており、さながらアリの巣を彷彿とさせます。  そんな働きアリたちを横目に、小夜は母親と一緒に駅の改札口の前に並び立ち、荷物チェックをしている相馬を眺めていました。  大学生になった相馬は、一つ隣の県にある国立大学に通うべく、この春から一人暮らしを始めることになっています。 「兄ちゃん、次はいつ帰ってくるの?」 「うーん、早くても夏休みかな?」  小夜は無言で俯いてしまいます。  昔に比べて相馬にべったりとくっついていることは無くなりましたが、学校のことを話す相手はいつだって相馬でした。  結局、ゲームだって一度も勝てていません。 「小夜のくれたお守り、大切にするよ」  相馬が見せる小さな巾着袋の中には、小夜が一週間前からずっと描き直していた一枚の絵が入っています。 昔、相馬から褒められたカッコいい鳥(フェニックスでしたかね?)に、相馬の似顔絵を添えた自信作でした。 「この絵、カッコいいよな」 「あ、ちょっと……」  所構わず相馬が絵を取り出して見せるので、小夜が慌てふためくのがなんとも微笑ましく思えます。  ずっと、兄に見せて褒められるために描いていましたから。 「小夜、そろそろだよ」 「……うん」  母親に促されて、そっと小夜は伸ばしていた手をおろします。 「相馬、辛かったらいつでも帰っておいでね」 「ふふ、大丈夫だよ母さん」  母親の優しい言葉に、相馬も柔和な笑みで返します。 「じゃあ、行ってくるね。母さん、小夜」 「あっ」  相馬は小夜の頭を一撫でして、改札口の中へと進んでいきます。  その姿が階段を下って見えなくなるまで、小夜は眺め続けていました。 『よく……我慢しましたね』  大学が県外になったと聞いた時から、小夜はずっと相馬に「行かないで」と言い続けていました。  今ここでそれを言わなかったのは、ある意味成長した証なのかもしれません。 「小夜、行こうか」 「……うん」  歩き出した母親のやや後ろをついていく小夜。相馬とだったら横に並んで歩くのだろうに、と思うと、ライブラリでも記憶でもない胸の辺りが、少しだけ痛むのでした。  母親が小夜に「大丈――」と語りかけようと振り返り、しかしその言葉の先を口にせず、僅かに笑みを浮かべて前に向き直るだけでした。  対して私は、歯を食いしばりながら前を見つめる小夜の姿を、とても見ていられなくなります。 『これで小夜がアテにしている人物は、あの桐生という少女だけになりましたネ』  監視者の言葉は淡々としたものでした。 『これからどうなっていくのか。見ものデス』 『見ものって……』  私は監視者の言葉が気に入らず言い返そうとしますが、監視者に先回りされてしまいます。 『だってそうデショウ。卒業、親離れ、甘えからの脱却。いつだって頼っていたものが無くなった時にこそ、その個体の真価が問われるのデス』 『そう、なのかも知れませんが』 『口を開けて餌を待つひな鳥の期間も終わり、これからがアナタの出番といっても過言ではないでしょうネ』  私はハッとします。  多少大げさな言い方であるとは自覚していますが、小夜が最終的に頼れるものは小夜自身だけになってしまいます。  つまり、私が小夜の一番の理解者となって拠り所となることが、小夜を幸せにすることに繋がるということでしょう。  小夜にとっての幸せとは何なのか。 『私が……頑張らなくちゃ、いけないってことですね』  その言葉を自分に言い聞かせます。  小夜の拠り所……つまり私が相馬の代わりになるのだ、と。 ――隣で監視者がぼそりと、『単純な』と呟いたのを、私は無視することにしました。
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