2.一人じゃ何もできないくせに

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 三学期に入ってしまえば、卒業はもう間近です。  小夜はと言えばあの日以来、桐生たちとの交流を一切絶っていました。  それでも向こうから謝りに来ることもありませんので、明らかに友達としては失格だったのでしょう。  私は自分の懸念が正しかったことを実感しています。同時に、間違いであってほしかった、とも思ってしまいますが。  小夜はクラブ活動のたびに、彼女らと顔を合わせなければなりませんでした。  なので、腹痛であると嘘をついてトイレに籠り、毎週のように早退するようになりました。  初めは快諾してくれた担任の先生も今では、「中原さん、これも授業だからね? 見学くらいはしていきなさい」と言ってくるようになりました。 『違う、違うんですよ先生……』  小夜だって好きで早退したいわけではないのです。  本来であれば、嘘は主人の本心を隠してしまうため忌避すべきことです。 ……ですが、私は分かります。  小夜がどれほど悔しくて、それを我慢して抑え込んで、この場にいるのかを。  結局、終わるまで見学を強いられた小夜は、笑い声から逃げるように、そそくさと家庭科室を後にするのでした。       ※※※  まっすぐ帰路を辿っていた小夜と私は、普段真っ暗な自宅の窓から、ほんのりと光が漏れ出ているのが見えました。  そういえば今日は、小夜の母親が早く帰ってくる日だったようです。 「ただいま」 「小夜はまだ一二歳なのよ⁉」  リビングからの大声に、小夜がびくっと震えました。 「貴方の仕事の都合で、そんなころころと転校させられる訳ないじゃない! 少しは小夜の事考えてあげてよ!」  リビングでは小夜の母親が電話口で、誰かと口論しているようでした。  内容から見て、小夜の父親でしょうか。 『小夜、自分の部屋へ……』  そこまで言いかけて、思わず言葉が止まってしまいます。  小夜が青ざめ、随分とひどい顔をしているのに気が付いたからです。 「お母さん……」  小夜の母親は入ってきた小夜に気が付いてハッとしました。 「か、帰ってたのね……」  ばつの悪そうな顔をし、電話口に「またあとで話すから」と言って一方的に切ってしまいました。 「今の、お父さん?」 「……ええ。さ、少し早いけど晩御飯にしましょう? 手を洗ってきなさい」 「……はい」  露骨な話題変えでした。  小夜に聞かれてまずいことなら、こんなところで話さなければいいのに。  見ると母親はスーツ姿のままで、鞄もソファに放り出した状態でした。 ――やがて夕食の卓を囲んでも、二人は無言のまま。食器に箸がぶつかる音だけが、無音のリビングに響きます。 「お、お母さん。私……引っ越し大丈夫だよ」  先に耐え切れなくなったのは小夜の方でした。  母親にとっては思いがけない言葉だったのでしょうか。  一瞬、驚愕を露わにしますが、すぐにいつもの表情に戻ります。 「聞いてたのね……」  無言で小夜は頷きます。母親はため息をつきました。 「もうすぐ卒業じゃない。余計なこと考えなくていいから――」 「転校、平気だよ」  小夜は母親の声を遮りました。 「……小夜、何かあったの?」 「何にもないよ」 「今までの友達はどうするの? お父さんの都合で離れさせられるのなんて、嫌でしょう?」  母親の言葉に、小夜が力なく首を振ります。 「いいの。友達なんていないから」 「え、それって……」 「もう、いいんだ」  小夜は小さくはにかみました。その笑顔に、どれほどの思いを隠したのでしょうか。  小夜の母親も何かを察したのでしょうか。 「小夜がいいなら、それでいいけど。お父さんに相談してみるわ」  とだけ呟き、複雑そうな顔をしました。 『それでいいのね、小夜』  私もまた呟くことしかできませんでした。
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