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三学期に入ってしまえば、卒業はもう間近です。
小夜はと言えばあの日以来、桐生たちとの交流を一切絶っていました。
それでも向こうから謝りに来ることもありませんので、明らかに友達としては失格だったのでしょう。
私は自分の懸念が正しかったことを実感しています。同時に、間違いであってほしかった、とも思ってしまいますが。
小夜はクラブ活動のたびに、彼女らと顔を合わせなければなりませんでした。
なので、腹痛であると嘘をついてトイレに籠り、毎週のように早退するようになりました。
初めは快諾してくれた担任の先生も今では、「中原さん、これも授業だからね? 見学くらいはしていきなさい」と言ってくるようになりました。
『違う、違うんですよ先生……』
小夜だって好きで早退したいわけではないのです。
本来であれば、嘘は主人の本心を隠してしまうため忌避すべきことです。
……ですが、私は分かります。
小夜がどれほど悔しくて、それを我慢して抑え込んで、この場にいるのかを。
結局、終わるまで見学を強いられた小夜は、笑い声から逃げるように、そそくさと家庭科室を後にするのでした。
※※※
まっすぐ帰路を辿っていた小夜と私は、普段真っ暗な自宅の窓から、ほんのりと光が漏れ出ているのが見えました。
そういえば今日は、小夜の母親が早く帰ってくる日だったようです。
「ただいま」
「小夜はまだ一二歳なのよ⁉」
リビングからの大声に、小夜がびくっと震えました。
「貴方の仕事の都合で、そんなころころと転校させられる訳ないじゃない! 少しは小夜の事考えてあげてよ!」
リビングでは小夜の母親が電話口で、誰かと口論しているようでした。
内容から見て、小夜の父親でしょうか。
『小夜、自分の部屋へ……』
そこまで言いかけて、思わず言葉が止まってしまいます。
小夜が青ざめ、随分とひどい顔をしているのに気が付いたからです。
「お母さん……」
小夜の母親は入ってきた小夜に気が付いてハッとしました。
「か、帰ってたのね……」
ばつの悪そうな顔をし、電話口に「またあとで話すから」と言って一方的に切ってしまいました。
「今の、お父さん?」
「……ええ。さ、少し早いけど晩御飯にしましょう? 手を洗ってきなさい」
「……はい」
露骨な話題変えでした。
小夜に聞かれてまずいことなら、こんなところで話さなければいいのに。
見ると母親はスーツ姿のままで、鞄もソファに放り出した状態でした。
――やがて夕食の卓を囲んでも、二人は無言のまま。食器に箸がぶつかる音だけが、無音のリビングに響きます。
「お、お母さん。私……引っ越し大丈夫だよ」
先に耐え切れなくなったのは小夜の方でした。
母親にとっては思いがけない言葉だったのでしょうか。
一瞬、驚愕を露わにしますが、すぐにいつもの表情に戻ります。
「聞いてたのね……」
無言で小夜は頷きます。母親はため息をつきました。
「もうすぐ卒業じゃない。余計なこと考えなくていいから――」
「転校、平気だよ」
小夜は母親の声を遮りました。
「……小夜、何かあったの?」
「何にもないよ」
「今までの友達はどうするの? お父さんの都合で離れさせられるのなんて、嫌でしょう?」
母親の言葉に、小夜が力なく首を振ります。
「いいの。友達なんていないから」
「え、それって……」
「もう、いいんだ」
小夜は小さくはにかみました。その笑顔に、どれほどの思いを隠したのでしょうか。
小夜の母親も何かを察したのでしょうか。
「小夜がいいなら、それでいいけど。お父さんに相談してみるわ」
とだけ呟き、複雑そうな顔をしました。
『それでいいのね、小夜』
私もまた呟くことしかできませんでした。
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