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1.それが私の仕事ですから
精霊は世界のいたるところに存在しています。
地球上において存在しない地域なんてないでしょう。多種多様な文化、風土……。
その根底にあるのは生き物の〝集合的無意識〟という存在――。
『では、最終テストに移りマショウ』
今ちょうど私の隣で平坦な声を発した、黒く燃えている魂がそれにあたります。
それは私たちの監視役ということで、「監視者」なんて名乗っています。
『ほら、早くそこに立ちなサイ』
私は示された通りに空き地へ降り立ちました。
乾いた土のざらついた感触が、体の下部で受容されます。
下方に視覚を移すと、私の足下にあたる部分で砂埃が起きていて、頭に空白感を覚えました。
私の体では直接、物体に干渉できないはずなのに。
『アナタは、風の特性を持つ守護霊ですネ』
抑揚のない声が私の聴覚を刺激。ライブラリにできた空白を埋めてくれました。
半透明な私の体に、小さな波紋が広がっていきます。
『さて、守護霊とは何かを教えてくだサイ』
目前に佇む監視者の体は黒いモヤです。
表情をうかがうことはできないため意図は読めませんが、読む必要もないでしょう。
私は知識の保管庫たる「ライブラリ」――ヒト的に言うなら「脳」――から必要な情報を検索。今初めて、与えられた声帯に熱を込めます。
『精霊という種族の一種。動物とは異なり、肉体が存在しない。最古の地球からいる生命体――』
言葉を紡ぐたび、監視者の体が小さく揺れました。
肯定と受け取り、続けます。
『守護霊とは、元となる生き物の「集合的無意識」……つまり貴方から生まれ落ちた存在である』
次の言葉は……。
『かつて、ヒト種の「ジークムント・フロイト」と「カール・グスタフ・ユング」が発見、説明のために提唱した全人類・全生命の無意識の集まりを「集合的無意識」と呼ぶ』
全生命には無意識の領域が存在する、という話でした。
目前に佇む本人に、本人の事を説明するのはいささかおかしいとは思うのですが、当の監視者は相槌を打つように揺れているだけでした。
言葉を続けます。
『本来は動物程度では認知できない。だがヒトが勝手に「集合的無意識」と命名したため、動物社会に認知される精神的存在として定着した』
私のライブラリは、こんな文章の羅列が幾つも並んでいます。
……意味はさっぱり分かりませんが、何だか鬱陶しいのでとりあえず最小化してタスクの端の方に避けておくことにします。
『ふむ、知識の導入と検索能力、言語化能力は問題ないようですネ。よろしい、合格です』
監視者がふわりと浮かび、空き地の外へと向かいます。
それにならって、私も体を浮かせました。
月明かりの照らすこの辺りには、背の高い植物が繁茂しています。
進むたびに、ざあと音を立てて植物たちが私を避けてくれるのでそのまま進んでいると。
にゃー……。
躍り出てきたその生き物の姿を、直で見るのは初めてでした。
『貴方はライブラリで見かけた「ネコ」さんですね、こんばんは。ふむ、狩猟を行う動物らしい、しなやかな筋肉と月の光を返さない漆黒の毛並みが美しいです。お近づきのしるしにお手を』
ライブラリを参照しながら、失礼のない一般的な挨拶を探しました。そのまま、ネコのもとへ近づいて、私の「手」に当たる部分を伸ばします。
ですが、そこに触覚は発生しませんでした。咄嗟にものすごい勢いで走り去るネコの背中を見送りながら、私は何となく腑に落ちた感覚がします。
『これが「精神的存在」であるということなのですね。理解しました』
――直接干渉することはできない。
ライブラリ通りの現象を体感、確認して、今ようやく私が世界に産み落とされたのだと実感したのでした。
『おや、何をしているのデスカ。ここには「時間」の概念があるって言いましたよネ。我々は忙しいのデス』
監視者は、まるで幼子に諭すように呼び掛けてきます。
『はい、失礼しました』
この辺のヒト種が使用する返答パターンの中で、最も頻度が高いものを採用してみました。
『全く。アナタには担当してもらう女の子がいるのですヨ。早く慣れて下さいネ』
『努力いたします。その女の子というのは?』
『名前は……「中原小夜」とか言いましたかネ』
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