3.もっと早く気が付けばよかった

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 この中学校は、入学すぐに上級生からの歓迎会があるみたいでした。  体育館に集められた小夜たち新中学生の面々は、お互いの顔も知らないまま一つの塊を作り、規則正しい列で体育座りをしていました。  生徒会の挨拶が終わり、まばらな拍手が鳴り響きます。 「次は部活動紹介だっけ?」「そうそう」  小夜の背後ではそんな声がしていました。  気になった小夜がそっと振り向いて、後ろに空白が出来ているのに気が付き、アレ、と首をかしげます。 ……小夜の後ろは確か、新島という少女だったでしょうか。  その子もまた小夜のようにあまり他人とは話したがらないような、そんな空気感を持っていたような気がします。 『いつの間に?』  小夜と隣の生徒との間に座っていた私も、小夜が振り向くまで全く気づきませんでした。 “次は、部活動紹介を行います。まず運動部。野球部から、よろしくお願いします” 「「「はいっ」」」  ハキハキとした威勢のいい返事と共に、坊主頭の少年達がユニフォーム姿で入場してきました。  いずれの少年も小麦色に日焼けしていて、やや筋肉質のツリ目でした。マイク無しでも、体育館いっぱいに声が響きます。 「僕たち、野球部は……」  小夜はそんな先輩の少年たちをじっと見つめていました。  運動が出来てハキハキと喋って、こんな大勢の前でも緊張しない。  まるで小夜が求めているものを見せつけられているような気がしてしまいました。  続いてサッカー部。野球部に比べるとやや砕けた印象はあるものの、礼儀正しい態度でとても好感が持てます。 『あの子たちの守護霊は、どうやってあの子たちをあそこまで導いたのでしょう?』  自分の力不足を思い知らされます。  続いて男子バスケットボール部、女子バスケットボール部……。 『ヒト前に立つのですから、そういう事が得意な男子女子が選ばれるのは至極当然なことデス』  私の頭の上で、唐突に現れた監視者が口を挟んできます。 『分かっています。ですが、小夜にも、ほんの少しだけ人前に立てる自信が付けばいいのに……と思ってしまうのです』 『得意、不得意は本人の勝手。多様性に他ならないのデス。否定してはイケマセン。アナタが見るべきは、多様性を選ぶ過程ですヨ?』 『否定なんてしていません』  違うのです。小夜の個性を否定しているわけではないのです。  ないのですが……。 『それによって苦しんでいる小夜を見ているのは、とても辛いのです』 『……アナタも、考えすぎですネェ。はあ、ナルホド』  私は頭上の監視者を見上げます。 『アナタは、小夜が苦しんでいるといいマシタ。守護霊なのですから、主人の不幸や苦難に敏感なのはいいことデス。しかし、ずいぶんとその判定が甘くなってはいまセンカ?』  監視者が私の肩に移りながら、淡々と告げます。 『失敗する事は、不幸でもなんでもありませんヨ。幸いにもヒト種は、一度の失敗で生命を落としたりしませんカラ。失敗を成長に変えられるか。アナタの見守るべきポイントはそこデショウ?』  私は何も言えませんでした。  普段、小夜を貶めたり嫌なことばかりを言う、信用できない存在です。  なのに正論をここまで叩きつけられてはぐうの音も出ません。 『……分かっていますよ』  これが、悔しいという感情なのでしょう。 『ほら見てくだサイ』  監視者に促されるまま、壇上に立つ少女たちに目を向けます。  女子テニス部、だったでしょうか。 「あーえっと。私たち女子テニス部はぁ……」  たどたどしく手にしたメモを読み上げる女子生徒。その後ろで、ジャージ姿にテニスラケットを持った二人がボールで何やら遊んでいるようです。 「練習場所は……えーっとぉ……」  メモを持った女子生徒は緊張の面持ちをしています。  カランカラン……。 「あはは、失敗失敗」  笑いながらジャージ姿の女子生徒が、目測が外れて転がったラケットを拾いました。  そのままメモを持った生徒の肩をぽん、と肩を叩き、定位置に戻っていきます。 「……失礼しました。練習は裏庭と一部グランドを使用します――」  メモを読む生徒の声が、心なしかはっきりとしたように思えました。 『一人で完結できないのが、ヒトの持つ厄介で面白い特性デス。そして、アナタたちもネ』  やたら強調される最後が気になります。  まさか、私もヒトと同じものを持っていると言いたいのでしょうか。  小夜はというと、今の様子をじっと眺めています。  笑うでも呆れるでもなく、ただ何かを渇望する瞳で見つめていました。 “運動部ラスト、剣道部。お願いします!” 「はい!」  壇上に現れたのは、純白の道着と袴に身を包んだ三人組でした。  神経質そうな表情の男子に、朗らかな表情の女子。そして……。 「一年剣道部書記、新島奈恵(にいじまなえ)です!」  馬が駆け抜けたかのような、目が覚めるほどよく通った声。体育館がざわめきました。 「え、一年……?」「あれってうちのクラスの子じゃね?」「書記って……」  ひそひそ声が大きくなっていきます。  小夜も目を丸くしてから背後をちらりと確認していました。  一方、新島はそんな声に動じる様子もなく、堂々と佇んでいます。  けがれなき袴が、体育館に入り込んできた風で揺らめきます。 「私たち男女剣道部は現在、部員が不足していて大会に出ることが出来ません。ですので、一年生の入部を心よりお待ちしております」  神経質そうな男子がメモを読み終えると、新島が一歩前に出ました。 「ここでは、日本剣道型をお見せします」  二年生であろう女子と向き合った新島は、木刀を左手に一礼します。  構え合った二人の片方が木刀を振り下ろした刹那、鋭い雄叫(ゆうきょう)の応酬が再び体育館を駆け抜けました。  一瞬の静寂。  全ての会話はおろか、息を呑む音さえも許さない、と言わんばかりに空気が張りつめていきます。  二人は木刀を下しつつ離れていきました。  時間にしておよそ三分間ほどでしょうか。  二つの木刀がお互いの担い手を仕留めようと振り下ろされ、直前でいなされていきます。  そのたびに雷のような乾いた打撃音を響かせると、周りからは小さな悲鳴や歓声も上がりました。  向かい合わせた二人――特に新島という少女は、所作の度に袴をはためかせるのみで、無駄な動きを一切見せませんでした。 「「「よろしくお願いします」」」  深々と頭を下げた壇上の三人に拍手が轟いて、「カッコいい」とかいう声があちらこちらから漏れています。その中に――。 「……どうやったら、あんなにかっこよくなれるんだろう」  そのあまりにも小さな呟きは、拍手にかき消されて誰にも届くことはなかったでしょう。 『兄の相馬のように、剣道部に入ってみますか? なんてね』  守護霊である私にはしっかり聞こえていますけどね。        ※※※  終業のチャイムが鳴り響いた時には、小夜と私はクラスに戻っていました。  小夜の後ろには空席が一つあります。 「新島さん、剣道部だったのか」「かっこいいな」「でも、ちょっと怖かったかも」  そんな話し声が、至る所から湧き出しているのでした。  生徒たちの姿を小夜はただ眺めているだけでしたが、男子の集団の声が一段と大きく響くので、自然と目線がそちらに行ってしまいます。 「俺、剣道部入ろうかなぁ」「やめとけ前崎(まえさき)、臭いだけだぞ」  ぎゃはは、と品の無い笑い声をあげています。  何となく眺めていると、その集団の一人、前崎と呼ばれた男子生徒が、未だ戻らない新島の席までやってきました。 「なんか陰気だと思ったけど、まさか剣道とはなぁ……。驚きだよねぇ。中原さん?」 「……ふぇ⁉」  唐突に話題を振られて、小夜はあからさまに飛び上がりました。 「ふぇ、って台詞、リアルで初めて聞いた」  前崎がまた笑い声を上げます。  小夜は耳を真っ赤にして俯いてしまいました。  流石に、これほどの軽いノリにはまだついていけないのでしょう。 「ねえねえ、中原さん。お喋りしようよ」  前崎が小夜の顔を覗き込んできます。  すると、席の後ろの方から大声が飛んできます。 「やめとけって。お前みたいな軽い奴と仲良くしたくないんだって。自己紹介の時、そう言ってただろ」 「ああ、そうだったな。こりゃ失礼」  小夜を尻目に、大声で話し合う前崎たち。小夜は、縮こまってしまいました。 「中原さんと仲良くしたかったなぁ。でも、嫌なら仕方ないかぁ」  前崎のそんな言葉に、周りから小さな笑い声と、数人の女子の呆れ声が漏れます。 『ああ、小夜……』  私はいたたまれなくなって、小夜の方に手を伸ばします。その時でした。 「ちょっと、邪魔なのですけど」  よく通る声が私の聴覚に飛び込んできました。  前崎の後ろには、その長髪を下ろし、制服に着替え直した新島が立っていました。 「お、新島さんじゃん。ちっす。さっきはカッコよかったねぇ」  前崎は威圧感を放つ新島に対しても怯まずに話しかけていきました。  新島の机にどかっと腰掛けます。  こちらもまた、すごい胆力だと私は感心してしまいました。 「……それは、どうも」  対する新島は小さく呟きました。なおも机からどこうとしない前崎に対して、鋭い視線を浴びせています。 「何か用ですか?」 「俺、剣道部に入ろっかなぁ。なんて」 「……なら、私の机に座るのはやめてください」  しっしっ、と言わんばかりに手を振りました。  仕方なく机から離れる前崎。その様子に、男子たちがゲラゲラ笑います。 「つれないなぁ、新島さん」 「お話はそれだけですか」  新島が有無も言わせないような口調でそう言うと、前崎が「ちぇ」っと言って離れていきました。  そして、一部始終を見ていた小夜と目が合ってしまいます。 「……何か?」 「ご、ごめんなさい!」  小夜は慌ててそっぽを向きました。
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