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ホームルームが終わり、教室に解放感が満ちあふれました。
教室内の生徒達は思い思いに話をしたり、すぐに教室から出て行く姿も見受けられます。
そんな姿を見送っていると、窓のあたりからこの教室を覗いてくる二つの顔がありました。
「お疲れーっす!」
どうやら上級生の女子生徒であるらしく、一年生とは違う色の名札が胸元にありました。
小夜と同じ中学校の制服を着ていながら、受ける印象は小夜よりもずっと年上です。
「やっほー、大和田センセ。ソフテニ部の勧誘いい?」
二人の上級生のうち、小麦色の肌をした高身長の生徒が手を振っています。
小夜たちと一歳しか違わないはずなのに、クラス内が緊張で静まり返ってしまいました。
「あー、あー、どうもどうも」
対して二人は、満面の笑顔を浮かべています。
その上級生の笑顔に華があるように感じるのは、きっと二人が余裕たっぷりだからでしょう。
大和田先生が呆れた顔をしています。
「やっほーじゃありません。一年生の階には来ないようにって言われていたでしょう? 言葉遣いも気をつけなさい」
大和田先生が語気を強めて咎めました。
ですが、二人は笑いながら頭を下げるだけ。悪びれる様子もありません。
「あ、失礼しましたー。でも大丈夫。一瞬なので」
大和田先生は口をパクパクさせていますが、二人はお構いなくクラスに足を踏み入れてきます。
「初めましてー。二年生の高橋と前田です。女子ソフトテニス部、部員を募集しています」「初心者大歓迎ですよー。経験者がいたら、友達を誘って来てね! 早速今日から見学自由でーす」
二人はキャッキャと笑いながら、しかし堂々としたものです。
「アンタたちねぇ……、ちょ、待ちなさい!」
眉を吊り上げた大和田先生に追われる二人組は、会釈もそこそこに走り去ってしまいました。
台風が過ぎ去った後のように静かな教室では、やがて「何だ今の」という誰かの声を皮切りに、ぽつりぽつりと会話が始まり、次第に元の活気を取り戻しました。
「流石だねえ、高橋センパイと前田センパイはさ」
「よくあそこまでやるよなぁ」
気が付くと巣郷たち三人組が喋りながら、小夜の元を訪れていました。
「あ、巣郷さん……。さっきのは……?」
「やー、うちの近所のお姉さん達でさぁ。ほんといつも元気なのよね」
「……ついて、行けない」
藤が呆れた顔でそう言うと、巣郷が苦笑いしました。
「ちなみに、あれで副部長と書記になったらしいよ。すごいよね! ねえ、ちょっと憧れない?」
食い気味な巣郷に若干引き目な小夜。さらに巣郷はグイッと顔を近づけてきます。
「というわけで中原さん。早速、行きましょう」
「い、行くってどこへ……?」
「決まってるじゃないですか。ソフテニ部の見学、だよっ!」
――気が付けば例の三人組と小夜の他に、もう二人ほどの女子生徒がついてきていました。
その中には、さっき小夜の落ちた筆箱を拾ってくれた女子生徒もいました。
「ねえねえみんな、SNSのアドレスとか交換しませんか?」
巣郷の言葉に、小夜はピクリと反応しました。
小夜は先日スマートフォンを買ってもらったばかりで、誰とも連絡したことがありません。
眉尻を下げて迷っている様子から鑑みるに、早く反応できないと申し訳ない、とかそんなところを気にしているのでしょう。
「ええと、私はちょっと……」「持ってないから」
他の二人も乗り気ではないようです。
小夜が心なしかホッとしたように肩をすくめました。
「そっかぁ……」
巣郷は残念そうに呟きますが、「じゃあ、私のアドレス渡すから、気が向いたら連絡してよ」とめげません。
「おいおい……」
「いいじゃん。せっかくだし、みんなと仲良くなりたいんだぁ」
魚瀬がため息をつきますが、巣郷はいつの間にか書いたメモを取り出して渡してきました。
「……ありがとうございます」
小夜がぼそりとそう言うと、巣郷の目が輝きます。
「およ? 中原さんから感謝されちゃった。良いってことよ」
えへん、と嬉しそうに胸を張った巣郷の頭を小突く魚瀬。藤も呆れ顔をしています。
「こいつ寂しがりなだけだから、無視していいからね」
「……放置が安定、かも」
「いいじゃん! 友達は一人でも多い方がいいでしょ⁉」
小夜はそんな三人組を見据え、かすかに笑みを浮かべるだけで何も言いませんでした。
魚瀬や藤以外の二人は笑っていますが、目が笑っていないようです。
愛想笑いというやつでしょうか。
小夜の沈黙が他の五人に影響を与えないか心配でしたが、結果的に巣郷と魚瀬がかしましく言い合いをしているだけで、他のメンバーも同じように沈黙を貫いていました。
一年生と二年生の教室があるのはA棟で、その裏側には理科室や美術室が見えるB棟が並立しています。
二つの建物の中間には、グラウンドの三分の一程度の雑草生え放題なスペースがあります。
生徒たちはそこを中庭と呼称していました。
中庭の奥にはC棟校舎と武道場があって、花壇がある中央付近には【ソフトテニス部】と書かれた横断幕が張られた、二階建てのプレハブ小屋が佇んでいます。
「お、一年じゃーん」
前田さんと思われる先ほどの上級生が、こちらに手を振ってきます。
「よーし、六人か。初日にしては上々だなぁ」
なんて言いながら、上級生たちが続々と集まってきます。
見学なんて言いつつ、そこから始まったのはほとんど質問の雨嵐なのでした。
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