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名前と聞いて私は思い出します。
そう言えば、ヒト種は名前というタグ付けをする生き物でした。
『中原小夜……。承知しました』
小夜という名前を頭の中で繰り返しました。
名前を付けられるほどの知的生命体と、それを取り巻く生存環境を思い浮かべ――。
『あの、すみません』
『うん? 何でショウ?』
監視者は、微かにその揺らめきを弱めました。
『どうしてヒトは言葉というコミュニケーション技術を持ちながら、争いをするのでしょうか。コミュニケーションの利用方法が矛盾していませんか』
これから私が守護するうえで、大切なことです。
集合的無意識ならば、きっと有効な解答を示してくれるでしょう。
『おっと、いきなり妙な質問ですネ。……私も知りたい位デス。回答は「知りません」』
集合的無意識を名乗っている黒い魂は、悪びれる様子もなく淡々とそう言います。
投げかけた質問を切り捨てられて、思わず『はい?』と聞き返してしまいました。
少し頭に熱が上がってきたような感覚。なるほど、これが怒りの感情というものなのでしょう。
対して、私の周りを好き勝手に飛び回る集合的無意識は涼しい顔をしています。
表情なんて分からないですが、なんとなくそう思えます。
『いくらなんでも、適当過ぎませんか』
『我々はあくまでヒトびとの無意識ですからネェ。それだけ適当な生き物ってことですヨ』
『そんな不明瞭な状態で、ヒトはよく地球上に生き残ることが出来ましたね。致命的な欠陥、一歩間違えれば自己消滅しそうなものですが』
『ふふ、それ古代から言われてますヨ。今更デス』
つまり、この問題に対して思考を放棄しているということでしょうか。
この母なる地球は、そんな生命体を許容できるのでしょうか。
それならば、ものすごく包容力のある世界だ、と私は思いました。
『まあ、いざとなったら全滅させればいいですカラ。どうせ地球は、数ある銀河の一つ、太陽系の一部でしかないですのデ。破壊も再生も容易デス』
……訂正します。地球、いや宇宙が元から適当でした。
この問題は何の進展にも繋がらないようなので、考えることを止めることとします。
潔癖だった私のライブラリに、一つの小さな埃が落ちたように思えました。
『そういえば、別の守護霊の姿を全然見ないのですね。どうしてでしょう?』
解決できない問題から離れたくなって、適当に別の質問を投げかけました。
『うん? ああ、簡単なことですヨ。アナタ達は全生命に共通して憑りついていますが、基本的に不可侵で別の存在だからデス』
『どうして、わざわざそんなことに?』
『さあ? 世界がそう定義していますノデ。強いて言うなら、別生物の守護霊同士が出会ってしまったら大変だからじゃないですかネ。我々が共通認識の手綱を握っているとはいえ、主人たる生物に修復不可能な大きな影響を及ぼしかねませんからネ』
私は首をひねります。
『そういうものですか』
『分かっているとは思いますが、守護霊が離れてしまったヒトは精神が崩壊してしまいマス。波長のようなものが合えば、守護霊同士が見えるかもしれませんが……まあ、おススメはしませんヨ』
なるほど。
つまり守護霊同士で意気投合し、ヒトの守護をしなくなる、ということなのでしょうか。
ヒトを助け、見守るのが守護霊の本懐。主人を見失ってしまうなんて恐ろしい話です。
気を付けるようにしましょう。
『さて、余興はこれくらいでいいでショウ。そろそろ、交代の時間が近づいてきまシタ』
監視者がふわりと空に舞い上がります。
ヒトは地上に住むはずなのに、と首をひねりましたが、やがて見えてきた背の高い建造物に納得します。
恐らく、あの上に「小夜」という女の子は住んでいるのでしょう。
そこは鉄筋コンクリートという素材に囲まれた背の高い建物でした。白く塗りあげられた外壁からは清潔な印象を受けます。
……今日現在は、ヒトが扱うグレゴリオ暦というもので計算すると三月二十日の深夜。
――まだ見ぬ我が主人「中原小夜」の誕生した日。
『厳密には違いますけどネ。母体内で卵が受精した瞬間からが生命の誕生と呼べるわけですがアナタたちは派遣される必要がありまセン。それは……』
『その期間は母親の守護霊の管轄でしたよね。ライブラリに登録されているので説明の必要はありません。……心も読んでいただかなくて大丈夫です』
『いえいえ、口で伝えた方がヒトらしいデショウ?』
ふふん、と得意げに監視者は鼻を鳴らしました。
……ずいぶんと自己主張が激しいような気がしますが、これがヒト種の共通認識なのでしょうか。
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