1.それが私の仕事ですから

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 寝室は静まり返りました。  といっても、ヒトからしてみれば何も起きていないのでしょうが……。  ふと、足元で小さなヒトがもそりと布団から顔を出すのが見えました。  幼い女の子。直感的に分かります。  この子が私の主である、と。  監視者はいつの間にか元のモヤモヤした姿に戻っていて、少しだけ重くなって私の肩に乗ってきました。  同時に、寒気が走ります。  微かに脳裏によぎったのは、誰かに縋り付いて涙を流す小夜の悲痛な顔でしょうか。  次に見えたのは兄の笑い顔。そして人の顔がごちゃごちゃになっていきます。 『さて、引き継ぎ完了。アナタにさっきの守護霊の記憶を入れておきマシタ。これでアナタは完全な守護霊となりましたヨ。……どうやら随分と肩入れしていたようですネ』 『そうなんですか』  意識が遠のいていた私は、適当な相槌を打っておきます。 『はい。ですので、きちんと前任の感情は廃棄しておきマシタ。客観的視点からそのヒトを守護するという役割において、不要なものですからネ』  ……なるほど。  なんとなく納得出来ました。  肩の上で揺らめく監視者は、やれやれといった様子です。 『まったく、七年とは嫌な期間デス。我々から見れば一瞬すぎて更新も手間だというのに、守護霊は愛着を抱きやすいのですからネ』  随分と嫌味ったらしい言い分です。 『別に七年にこだわらず、期間を延ばすか減らすかすればいいのではないですか?』 『我々も出来ればそうしたいのデス。が、今のバランスで世界が安定してしまいましてネェ。まったく、どこの創造神が……』 『世界? バランス?』 『まあこちらの職務なのでお気になさらズ。第二章の幕開けといきマショウ。始まり始まり。今からアナタがこのヒト種、中原小夜の正式な二代目守護霊ですヨ』  頑張ってくださいね、と言って監視者は消えかけ、 『あ、言い忘れていましたケド、消えていても呼びかけてくれたら我々はいつでも姿を現しますし、返事もいたしマス。それでは』  ぱっと現れてそう言い残すと、有無も言わさず今度こそ消えていきました。  再びの静寂が訪れ、私はなぜか深いため息をついてしまいました。 ……あれ、ため息?  足元では、相変わらず静かに寝息を立てている小夜の顔があります。  この地域でよく見かける黒毛のセミロングに、黄色人種と言われる肌の色。今はまぶたを閉じているけれど、猫のような大きな瞳に長いまつ毛が印象的な少女だと、私以外の誰かの記憶が訴えかけてきます。 『涙……か』  先輩の残した輝く(しずく)が、脳裏にこびりついて離れません。  本来、私たち守護霊は生物ではなく道具であると設定されています。  当然、涙を流すことに意味なんてありません。監視者の言う通り、あれは無駄な感情(もの)だったとみて間違いないでしょう。 『考えるだけ無駄……ですね』  そう納得し、記憶を消去しようとして……。 「妖精……さん?」  足元からのか細い声に、私は内心どきりとしました。  守護霊の存在が主人に気付かれてしまえば、とんでもないことが起きてしまうとライブラリにあります。  恐る恐る小夜の方に目を向けました。  ですが、当の本人は寝がえりを打って布団がずれ、寝苦しそうな顔をしているだけでした。 『……驚きました。私たちに気付いていたのかと……』  まさか、そんなことはありえないでしょう。  私はそこまで考えて、ふと思います。  もしかしたら先輩の涙が今後の小夜の言動に、何か関係していたりするかもしれません。  しばし考えたものの答えは出ませんでした。  そもそも、理解を超えた行動に納得できる理由を探している自分が、どことなくおかしな気がしました。  ですがこのまま記憶を消してしまうのも、何らかの欠陥を起こしそうな嫌な予感がします。 『まあ、私の記憶なんていつでも消せますからね』  仕方なく、保留にするしかありませんでした。
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