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寝室は静まり返りました。
といっても、ヒトからしてみれば何も起きていないのでしょうが……。
ふと、足元で小さなヒトがもそりと布団から顔を出すのが見えました。
幼い女の子。直感的に分かります。
この子が私の主である、と。
監視者はいつの間にか元のモヤモヤした姿に戻っていて、少しだけ重くなって私の肩に乗ってきました。
同時に、寒気が走ります。
微かに脳裏によぎったのは、誰かに縋り付いて涙を流す小夜の悲痛な顔でしょうか。
次に見えたのは兄の笑い顔。そして人の顔がごちゃごちゃになっていきます。
『さて、引き継ぎ完了。アナタにさっきの守護霊の記憶を入れておきマシタ。これでアナタは完全な守護霊となりましたヨ。……どうやら随分と肩入れしていたようですネ』
『そうなんですか』
意識が遠のいていた私は、適当な相槌を打っておきます。
『はい。ですので、きちんと前任の感情は廃棄しておきマシタ。客観的視点からそのヒトを守護するという役割において、不要なものですからネ』
……なるほど。
なんとなく納得出来ました。
肩の上で揺らめく監視者は、やれやれといった様子です。
『まったく、七年とは嫌な期間デス。我々から見れば一瞬すぎて更新も手間だというのに、守護霊は愛着を抱きやすいのですからネ』
随分と嫌味ったらしい言い分です。
『別に七年にこだわらず、期間を延ばすか減らすかすればいいのではないですか?』
『我々も出来ればそうしたいのデス。が、今のバランスで世界が安定してしまいましてネェ。まったく、どこの創造神が……』
『世界? バランス?』
『まあこちらの職務なのでお気になさらズ。第二章の幕開けといきマショウ。始まり始まり。今からアナタがこのヒト種、中原小夜の正式な二代目守護霊ですヨ』
頑張ってくださいね、と言って監視者は消えかけ、
『あ、言い忘れていましたケド、消えていても呼びかけてくれたら我々はいつでも姿を現しますし、返事もいたしマス。それでは』
ぱっと現れてそう言い残すと、有無も言わさず今度こそ消えていきました。
再びの静寂が訪れ、私はなぜか深いため息をついてしまいました。
……あれ、ため息?
足元では、相変わらず静かに寝息を立てている小夜の顔があります。
この地域でよく見かける黒毛のセミロングに、黄色人種と言われる肌の色。今はまぶたを閉じているけれど、猫のような大きな瞳に長いまつ毛が印象的な少女だと、私以外の誰かの記憶が訴えかけてきます。
『涙……か』
先輩の残した輝く雫が、脳裏にこびりついて離れません。
本来、私たち守護霊は生物ではなく道具であると設定されています。
当然、涙を流すことに意味なんてありません。監視者の言う通り、あれは無駄な感情だったとみて間違いないでしょう。
『考えるだけ無駄……ですね』
そう納得し、記憶を消去しようとして……。
「妖精……さん?」
足元からのか細い声に、私は内心どきりとしました。
守護霊の存在が主人に気付かれてしまえば、とんでもないことが起きてしまうとライブラリにあります。
恐る恐る小夜の方に目を向けました。
ですが、当の本人は寝がえりを打って布団がずれ、寝苦しそうな顔をしているだけでした。
『……驚きました。私たちに気付いていたのかと……』
まさか、そんなことはありえないでしょう。
私はそこまで考えて、ふと思います。
もしかしたら先輩の涙が今後の小夜の言動に、何か関係していたりするかもしれません。
しばし考えたものの答えは出ませんでした。
そもそも、理解を超えた行動に納得できる理由を探している自分が、どことなくおかしな気がしました。
ですがこのまま記憶を消してしまうのも、何らかの欠陥を起こしそうな嫌な予感がします。
『まあ、私の記憶なんていつでも消せますからね』
仕方なく、保留にするしかありませんでした。
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