1.それが私の仕事ですから

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 電子レンジの高い金属音が響きました。  バタバタと忙しない足音を聞きながら、いつも通り私は蛍光灯の上に移動します。  ここは、ちょうど部屋の全体が見渡せて、便利でお気に入りの場所だったりします。  たまに霊力と静電気が反発しあって、大きな音を立てるのが欠点ですが……。  小夜の部屋をぐるりと確認した後、リビングを経由して玄関へと飛びます。  見下ろすのは、この家にやって来てから数週間変わらない中原家の朝の日常、母親の出勤風景でした。  慌ただしく玄関へ向かう小夜の母親は、整えられた長い黒髪にしわ一つないスーツを身にまとっています。 「それじゃ、今日もいつも通りの時間だから。晩ご飯は冷蔵庫のやつを温めてね」 「はいよー」  小夜の兄、相馬が気前のいい返事をしました。それに比べて小夜は、相馬に手を引かれながらも寝ぼけ眼をこすりこすり。大あくびを一つしています。 「ほら小夜、起きなさい。お兄ちゃんが大変になるでしょう」  母親の言葉に、小夜は「んー」と顔をあげます。 「大丈夫だよ、母さん。小夜のことは任せて」 「そう? いつも悪いわね」  相馬ははにかんで言い、母親も笑顔になります。  微笑ましい光景。ですが、小夜は二人の様子を見ながら少一歩後ずさりました。相馬と笑いあう母親の方をじっと見つめています。  そんな視線に気づいてか知らずか、母親は小夜の方にも目配せをしました。 「二人とも。新学期の一日目、しっかりね」  母親が扉を開くと、放射冷却で冷たい朝の風が隙間をすり抜けてきて、小夜は不快そうに身を縮こませます。  そうこうしている間に相馬が扉の隙間に体をすべり込ませ、見送りに出て行ってしまいました。  ゆっくりと閉まっていく扉。それを小夜はただじっと見つめるだけです。 『――ほら、ついて行きましょう。見送りたいのでしょう?』  見つめているということは何らかの未練があるということ。  私は小夜の背中を押して前に進ませようとしました。  ですが、小夜は唐突に背筋を襲った冷たい風にぶるぶると震えるだけでした。そのうち扉が閉まってしまいます。 『もう……』  思わずため息が漏れてしまいます。  小夜の母親は毎日、朝から晩まで仕事に出ていて、家では小夜と相馬が二人でいるという事が多いようです。小夜は母親のことが苦手なようですが、かといって無視するつもりはなさそうでした。現に、まだ迷っているように扉を見つめています。  それが小夜の本心であるならば、そう理解した上で手助けする。それが私たち守護霊の役目であると、ライブラリが告げていました。 『直接的な干渉はほどほどに。本当に精霊種を視た、なんてヒトが現れてしまっては大騒ぎデス。そうなったら、我々も容赦しませんからネ』  監視者が欠伸しながら言いました。 『申し訳ありません。ですが、守護霊としての職務は見守りと手助け。特に小夜は自分から動けないようなので、私がしっかりしてあげないと……』 『随分と傲慢な考え方ですネェ。ヒト種と精霊種は、遠すぎたり近すぎたりしてはバランスが崩れてしまいマス。ちょうど、太陽と地球のように。適切な距離感をわきまえてくださいネ』 『承知しました』
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